夢をみるひと

□エピローグ
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『おれは、あの町にサッカーチームをつくる』
「……………は?」


あれから数年が経った。
何が変わったかといえば、何もかも変わったともいえるし、何ひとつ変わらないともいえる。オダシマは日本で、キヨヒトはスペインで、相も変わらずボールを追い掛け、たまにこうして電話でくだらない話をしている。

『オダシマ、よろしくな』
「よろしく、じゃねえよキヨヒト。まったく…お前は本当に…」
『説教なら聞かない』
「聞けよ!」

高校を卒業したオダシマは、大学を経て国内一部リーグのチームへ加入し、なんとかレギュラーとして出場し続けている。シンジは勉強の合間を縫ってスタジアムへよく応援に来てくれていた。
キヨヒトは海外のリーグで、これ以上ない活躍を見せている。日本代表チームで何度か顔を合わせたものの、同じ試合への出場機会は無いままだ。

ユタカは一度、異国のキヨヒトのもとへ会いに行っていた。
「どうだった?久々に会ったキヨヒトは」とオダシマが訊ねると、「めちゃくちゃかっこよかった!やっぱり、ほんと、好きだなあって思った。てゆうかますます好きになった!」と弾んだ声が電話越しに返ってきた。
もう少し、具体的な状況というか進展について訊ねたつもりだったのだが、まあいい。キヨヒトがあの町を出て行ってからの四年間、見ていられないほど落ち込んだユタカをオダシマは知っている。
幸せそうで、何よりだ。

「久しぶりに電話してきたと思えば……お前まじで、何なんだよ…」
『…そんな、怒るなよ』
「べつに怒ってるわけじゃねえよ。いきなり変なこと言い出すから、びびったっつうの」
『変じゃないし、いきなりでもないだろ』

おれは何度も誘っているし、最初に言い出したのはオダシマだ。
堂々とそう言い切られても、まったくわけがわからない。

『だからオダシマ、お前選手な』
「な、じゃねえっつってんだよ…」

鬼ごっこで「お前、鬼な」と告げる子どものような調子でキヨヒトは言った。

高校の頃からもともと考えていたことだった、ユタカが会いに来てくれたことで腹を括った、すでに話は進めていて、より具体的に詰めていくために今回帰国したんだ。
落ち着き払ってキヨヒトはそう続けたが、そんなの嘘だ。ぜったいおかしい。
キヨヒトお前、本気で言ってんのか?
口を開きかけて、結局やめた。冗談を言えるような気の利く男ではないことを、オダシマはよく知っている。

『アツシが最初に言ったんだぞ。おれはちゃんと、覚えてる』
「…何を」
『一緒にサッカーしようって言った。あと、この町にサッカーチームがあればよかったのにって』
「…言ってねえ」
『言った。必要なのは、選手と、監督とスタッフ、ホームスタジアム、それに金って』

どこか得意げなキヨヒトに、返す言葉が浮かばなかった。つうか、どさくさに紛れてアツシって呼ぶな。

『お前が大学出て、日本でプロになったって聞いて、おれ電話したろ。代表キャンプで会ったときも言った。スペインリーグでいっしょにやろうって、何度も誘った』

たしかにその通りだ、しつこく駄々をこねられた。
一緒にサッカーしようなんていう子供じみた約束にも、たしかに覚えがある。高校一年生の頃、県大会決勝戦を終えた帰り道。夕暮れの町を走るあのバスに、ずっと揺られていたいと思ったことは、今でも時々思い出す。
が、あの夢は終わったはずだ。

『監督とかスタッフには、おれやナオマサたちのツテがある。スタジアムやクラブハウスの建設には、オダシマ建設の元棟梁たちに依頼してる。何が問題なんだ』
「何がっつうか…」
『金ならある。いくらでも』
「…いっそ嫌味でもねえな、それ」

彼は年棒数十億円という、日本のチームをまるまる一つ買えてしまうような額のサッカー選手なのだから、事実そうなのだろう。

『すぐに来てくれとは言わない。お前には、今のチームがあるだろ。おれも正直、こっちでプレーしていたい気持ちがある』
「ああ、そうだよな」
『だから、いつかいろんなタイミングが合って、叶えられるまでずっと待つつもりだ。おれはいつだってそう思ってることを、お前には知っていてほしい』
「………」
『帰る場所があるっていうのは、わるくないだろ』

答えようもなく、オダシマは黙った。心臓を乱暴に掴まれたようなこの苦しさといったらどうだろう。
だいたいお前、いつからそんなハキハキと喋るようになったんだ?あの記者、千鶴さんの影響か?
なあキヨヒト、サッカーチームを作るだなんてお前、本気で言ってんのか。おかしいだろ、ほんとうに信じてもいいのか。

そんなのまるで、あの夢の続きみたいじゃないか。

『オダシマ、返事は』
「断られて引き下がる気あんのか」
『無いな』
「…だよな」
『とにかく、チームは作るよ』
「ああ、そう。ガンバレ」
『だからお前をおれに寄越せ』
「何だよそれ、プロポーズかよ」
『………』
「おい黙るなよ、笑えよ」
『………そうかも…』
「そうかも、じゃねえよ……もう、ほんっとお前は…」

もう何度目かもわからない溜め息を吐きつつ、オダシマは空を見上げた。
地元と似たようなこの田舎町の夜空には、無数の星々が光まばゆく輝いている。手を伸ばせば、届くかも知れない。そんなことをつい考えてしまうほどに。

夏がすぐそこに近づいている。
頬を撫でる風の温度は、たしかな予感をはらんでいる。

ああ、そうだ。プロポーズといえば。

「ユタカには、ちゃんと伝えたのか?チーム作るって話」
『うん』
「そうか、喜んだだろ」
『………』
「あいつ、“キヨはおれに何も話してくれない”ってよく拗ねてるからな。つうか、プロポーズはいつするんだ?もしかして、その時にもう、したのか?」
『ああ…』
「おおっ、まじでっ?!」
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