夢をみるひと

□星の首飾り【2】
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私とキヨちゃんが仲良くなったきっかけ。
といっても、何か特別なことがあったわけではない。

サッカーファンで、イシカワキヨヒトという選手を知らない人はいないだろう。スポーツライターをしている私も、彼の評判はかねてから聞いていた。

評判通りに一言で表すなら「天才」だ。
彼のサッカーには華がある。

高校時代は全国大会ベスト4に輝き、世代別代表チームにも名を連ねる実力者。怪我こそあったものの、国内一部リーグのトップチームに入団すると、すぐにレギュラーを掴みチームの主力として活躍していた。

「お疲れ様です、イシカワさん。本日取材させて頂く、源光社の新田千鶴です」

既に何度も取材を重ねていたが、自己紹介は欠かさなかった。彼は人の顔や名前をさっぱり憶えないからだ。

「何を読んでいるんです?」

声を掛けたものの、軽く会釈をされるだけで返答は無い。
これももう、慣れたもの。
噂通り、非常に無口で、人気商売のくせに愛想の欠片も無く、取材やファンサービスにはほぼ応じない。アスリートとしての自覚は皆無で、不誠実に遊び歩いている、冷淡な人物。

でも私は、彼が特別に無口だと感じたことはなかった。たしかにとても寡黙だけれど、相手は高校を卒業したばかりの、しかも今までスポーツばかりに明け暮れていた少年だ。プロとしての完璧な態度や、大人のような言葉選びを求める方が酷というもの。

まずは彼のプレーを自分の目で見るべきだ。
大胆にボールを奪うさまは、まるで魔法を見せてもらっているよう。鮮烈なゴールに、心奪われぬ人などいないだろう。たまらなく夢中にさせられて、余計な噂話など忘れてしまうはず。
どれほど苦しい状況でも決して足を止めない。そんな熱いサッカーをする人が、品性に欠けた軽薄なだけの人だとは、私にはどうしても思えなかったのだ。

聞き方さえ工夫すれば、答えはきちんと返ってくるはず。
内に秘めた気持ちを引き出せなかったら、こっちの負けだ。
むしろ記者としての腕を試されているようで、彼への取材はいつも良い緊張感を持って臨んでいた。



クラブハウスの一室で、彼が読んでいたのは古い小説だった。あらゆるものに怯え、道化を演じることで恐怖から逃れようともがく、弱くて孤独な男の物語。すらりとした長い指のせいか、手にした文庫本がやけに小さく見える。

意外だな、と思った。

読書をするサッカー選手なんて、長年の取材経験を振り返ってみても他には思い当たらなかった。
もちろん、本が好きな選手はいる。但し彼らが好んで読むのは、ビジネス本や自己啓発本といった類のものか、ミステリーなど娯楽性の高いジャンルがほとんどだ。

一流の選手は、自分自身こそ刺激に溢れた物語の主人公であることを、幼い頃に強く自覚する。
例えば、かけっこが速い少年。風のように駆け抜けていくその姿は、シンプルかつ力強く、人々を魅了する。エールを一身に受けて一等賞でゴールテープを切って以来、良い時も悪い時も、周囲の注目を常に浴び続ける人生を歩んでいる。

そんな彼らにとって、他者の物語など不要のはずなのだ。

天才の呼び名を欲しいままに、自由奔放に生きているイシカワキヨヒトが求めているもの。名声や富などではないのかもしれない。そんなことをふと考えた。
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