ランドスライド

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始まりは桜だった。


でかい男。端正な顔で無表情。大学内でよく見かける。
コンノサトルに対するおれの認識は、その程度だった。

大学一年の春、大通りの近くを流れる川沿いの桜の下。
そこにコンノサトルはいた。大学に向かう道、前を歩く姿が目に入った。
追い掛けて声をかけるような関係じゃない。そのまま歩いていたが、距離はどんどん縮まって行く。
長い足でずいぶんゆっくり進んでいるなあと思っていると、広い背中はついに立ち止まってしまった。

曇り空の肌寒い日だった。
急に吹いた強い風が、桜の枝を大きく揺らした。

花を眺めているらしいコンノサトルの短い髪を乱して、花びらを一斉に舞い上げる。
瞬間、抱いたのは焦りだ。春の嵐に、目の前の男が持ってかれてしまう気がしたのだ。自分と同じくらいのガタイの奴が風に吹き飛ばされるなんてもちろん無い。でもぼんやりと射す太陽の淡い光のなか、その横顔は今にもどこかへ消えてしまいそうだった。


思わず近づくと、コンノサトルがこちらに気づき、かすかに笑った。
笑ったのだ。なんて声をかけたのか、どんな話をしたのかは覚えていないが、連れ立って歩きいつの間にか大学にいた。

後から思うと、このとき既に落ちていた。
どこかずっと遠くを見つめていた目がおれを捉えて、その笑顔はおれだけに向けられた。

どこにもやりたくない。だれにもわたしたくない。

初めて感じた気持ちに、名前があるなんてまだ知らなかった。





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