夢小説
□咲人
1ページ/2ページ
―目が覚めると、そこは。 ただ一面の暗闇。
何故だか酷く頭が痛んだ。全身を気だるさが包んでいて、呼吸すら億劫になる。閉じてしまいそうな瞼を懸命にこじあけて、目を凝らした。
塗り込めたような暗闇は奇妙な切迫感があって、押し潰されてしまいそうな息苦しさを錯覚させる。体を動かすと、さらさらと布地を滑る音がして、何処かに横たわっている事に気付いた。
体を起こそうとして、ふと違和感を覚える。手首に、冷たい感触。背筋にぞっと、嫌な予感が走る。頭はますます混乱していたが、冷静さを取り戻そうと息を吐いた。ちゃらり、と鎖が乾いた音を立てた。
何、これ。 私は何で、拘束なんてされてるんだ。無理に頭を動かすと、激しい頭痛に吐気がした。それでも、もがくように身をよじって、どうにか体を立たせた。
手首と同じ、ひんやりとした金属の感触が足元にもあった。瞬間的に私は、恐怖を覚えた。
―犯られる。
その時。
不意に、一筋の光が部屋に指し込んだ。
「目が醒めたんだ。」
細く開いたドアの隙間から、音もなくするりと誰かが滑り込んで来た。ぱたん、と静かに扉が閉められる。
―逃げ場がなくなった。
かちかちと奥歯が、耳障りな音を立てる。私は歯を食い縛って、体の震えを懸命に押しとどめようとした。
「…そんなに脅えないで。」
その『声』は、あくまでも静かに、私に語りかけてきた。
みしり、と床が軋んだ音を立てる。
「こ…来ないでっ…!」
私は必死に声を張り上げた。だけど緊張で乾ききった喉からは、か細い悲鳴しか出ない。真っ暗闇の中、見えない相手に向かって、私は抵抗を繰り返した。
「手荒なことしてごめん。でも、こうするしか無かったんだ。」
だからそんなに怖がらないで。『声』の相手は、ぽつんと一言呟いた。
急に部屋に灯りがともる。眩しさに私は、思わず目を細めた。ドアの脇に立つのは。
「…貴方は…っ…」
意外にも、幾度か目にしたことのある姿だった。線の細い、華奢な骨格。肩口まで綺麗に伸ばされた茶色い髪は、さらさらと電灯に透ける。どこか笑みを湛えたような口許は、少し低い優しい声で語りかけてくれる。
―筈だった。
『コーヒー1点、120円になります。袋にお入れしますか?』
『そのままで良いです。』
『丁度頂きます、ありがとうございました。』
彼と交した会話の全て。この春から私がバイトを始めたコンビニで。毎晩決まって、同じコーヒーを買っていく。袋はいらない、お会計はきっちり120円。きっと几帳面な人なんだと思っていた。
毎晩現れる彼の姿を、少しだけ心待ちにしていた。そんな彼が、どうしてここに。
「…どういうつもりですか。」
唖然とした私の言葉に、彼は困ったように笑った。
「別に君のこと、傷付けたり襲ったりしたい訳じゃないんだ。」
ただ、こうする以外に方法が思い付かなかった。その言葉に、瞬間ぞっとする。だけど、迷ってばかりもいられない。
「…これ外して下さい。」
鎖に縛られた腕を差しのべると、彼は頷いて近寄って来た。
ベッドの上で身を固くして身構えていたが、彼はあっさりと手足の手錠の鍵を外してくれた。きつく絞められていたせいか、血流の止まってしまった手足は痺れていて言うことを効かない。
そろそろと手首を擦りながら、私は彼を睨んだ。
「…帰らせて下さい。」