夢小説

□咲人
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―目が覚めると、そこは。 ただ一面の暗闇。

何故だか酷く頭が痛んだ。全身を気だるさが包んでいて、呼吸すら億劫になる。閉じてしまいそうな瞼を懸命にこじあけて、目を凝らした。

塗り込めたような暗闇は奇妙な切迫感があって、押し潰されてしまいそうな息苦しさを錯覚させる。体を動かすと、さらさらと布地を滑る音がして、何処かに横たわっている事に気付いた。

体を起こそうとして、ふと違和感を覚える。手首に、冷たい感触。背筋にぞっと、嫌な予感が走る。頭はますます混乱していたが、冷静さを取り戻そうと息を吐いた。ちゃらり、と鎖が乾いた音を立てた。

何、これ。 私は何で、拘束なんてされてるんだ。無理に頭を動かすと、激しい頭痛に吐気がした。それでも、もがくように身をよじって、どうにか体を立たせた。

手首と同じ、ひんやりとした金属の感触が足元にもあった。瞬間的に私は、恐怖を覚えた。

―犯られる。

その時。
不意に、一筋の光が部屋に指し込んだ。

「目が醒めたんだ。」

細く開いたドアの隙間から、音もなくするりと誰かが滑り込んで来た。ぱたん、と静かに扉が閉められる。

―逃げ場がなくなった。

かちかちと奥歯が、耳障りな音を立てる。私は歯を食い縛って、体の震えを懸命に押しとどめようとした。

「…そんなに脅えないで。」
その『声』は、あくまでも静かに、私に語りかけてきた。

みしり、と床が軋んだ音を立てる。
「こ…来ないでっ…!」
私は必死に声を張り上げた。だけど緊張で乾ききった喉からは、か細い悲鳴しか出ない。真っ暗闇の中、見えない相手に向かって、私は抵抗を繰り返した。

「手荒なことしてごめん。でも、こうするしか無かったんだ。」
だからそんなに怖がらないで。『声』の相手は、ぽつんと一言呟いた。

急に部屋に灯りがともる。眩しさに私は、思わず目を細めた。ドアの脇に立つのは。

「…貴方は…っ…」

意外にも、幾度か目にしたことのある姿だった。線の細い、華奢な骨格。肩口まで綺麗に伸ばされた茶色い髪は、さらさらと電灯に透ける。どこか笑みを湛えたような口許は、少し低い優しい声で語りかけてくれる。

―筈だった。

『コーヒー1点、120円になります。袋にお入れしますか?』
『そのままで良いです。』
『丁度頂きます、ありがとうございました。』

彼と交した会話の全て。この春から私がバイトを始めたコンビニで。毎晩決まって、同じコーヒーを買っていく。袋はいらない、お会計はきっちり120円。きっと几帳面な人なんだと思っていた。

毎晩現れる彼の姿を、少しだけ心待ちにしていた。そんな彼が、どうしてここに。

「…どういうつもりですか。」
唖然とした私の言葉に、彼は困ったように笑った。

「別に君のこと、傷付けたり襲ったりしたい訳じゃないんだ。」

ただ、こうする以外に方法が思い付かなかった。その言葉に、瞬間ぞっとする。だけど、迷ってばかりもいられない。

「…これ外して下さい。」
鎖に縛られた腕を差しのべると、彼は頷いて近寄って来た。

ベッドの上で身を固くして身構えていたが、彼はあっさりと手足の手錠の鍵を外してくれた。きつく絞められていたせいか、血流の止まってしまった手足は痺れていて言うことを効かない。

そろそろと手首を擦りながら、私は彼を睨んだ。
「…帰らせて下さい。」
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