番外編

□雪の降る日に。
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あたしは、空から降ってくるあの雪が、小さい頃から嫌いだ。

理由は単純明快で、冷たくて寒いから。

雨が空気中で冷えて固まったそれは、ただの雨よりも鬱陶しいと思う。
はらりはらりと落ちて来る雪が綺麗だとか、白銀の世界が美しいという人もいるが…あたしからしたら、雨でもないのに傘をささなければいけない面倒臭さと、積もった雪の中を歩かなければならない憂鬱さしかない。
その雪嫌いがあいまって、過去に一度だけ、大雪が降った日に仮病を使って学校を休んだ事だってある。
…それほどの雪嫌いなのだ。





***
ある冬の寒い日。
中間考査最終日の今日、家のドアを開けると、毎日見る景色が一面雪化粧をしていた。
どうりで今朝はやけに冷えると思った。

真っ白な外を見て、深い深いため息をついた。
あたしの吐き出した息は、白で形を作り、景色の中へと消えていった。

今は雪は降っていないのが、不幸中の幸いかもしれない。
一応ねんの為に傘を片手に、戸締まりした家を出た。

一歩あるくと、軟らかい雪の中に足が埋もれそうになり、なかなか上手くあるけない。
そのうえ足元からの冷気で全身が冷え上がって、身震いする。
今日がテストじゃなければ、休んでいたかもしれない…。


なんとか無事学校へ到着して、テストを受けた。
荷物を廊下に置いて置かなければならない為、休憩の度に廊下へ出ると、恐ろしく寒くてかなりのストレスになる。
早く春が来れば良いのにと、少し現実逃避しながら、残りの教科のテストを受けた。

やっと、全てのテストが終わり、部活に精を出す者、早々に帰る者が居る中、あたしもさっさと家に帰って暖まりたいが、テスト期間中、生徒会の仕事が出来なかった分、沢山の仕事が溜まっているので、あたしは仕方なく寒い生徒会室へ向かった。

てんこ盛りの仕事を全て済ませた頃には、既に外は薄暗くなっていた。
どこからも生徒の声も聞こえないし、姿すら見当たらない。こういうしんと静まりかえった廊下を歩いていると、たまに別世界にただ独りだけ居る様に錯覚する時がある。

靴箱で外履きに履き替えて、家路に着こうと学校を出る途中、ふと運動場を何気なく見た。
夕方になった今でも、憎らしいほど殆ど溶けていない雪は、茶色い運動場を真っ白に染め上げていた。

「…?」

睨み付ける様に眺めていたら、微かだが、何かが動いたのが目に入った。
よく目を凝らして見ると、それは人の形で、おまけに見たことのある人だったので、慌てて運動場へ駆けていった。

「滝川先生っ!?」

あたしの声に振り向いたその人は、一度ビックリした顔をしたが、すぐに笑顔をあたしに見せた。

「あれ、鳴神さん。まだいたんだ。どうかしたの?」

「どうかしたのじゃありませんよ!」

滝川先生の格好を見るだけで、こっちまで寒くなる。
中に厚手の服を着ているとは言え、その上には白衣しか羽織っておらず、マフラーも手袋もしていない。

「なんでそんな格好で外に居るんですか!風邪引いたらどうするんですか!」

あたしの説教混じりの言葉に、えへへと笑って誤魔化す滝川先生に、あたしが巻いていたマフラーを首に巻いてあげた。
マフラーを外した事によって、一気に鳥肌が立ったが、滝川先生が風邪を引いてしまっては困るので、仕方なく我慢した。

「ありがとう」

「いいえ…それよりも、本当にこんな寒空の下、何をしてたんですか?」

「えっ…と、その…あの…」

口ごもる滝川先生を見て、首を傾げた。
何か言いにくい事でもしていたのだろうか。

「わ…笑わないで聞いてくれる?」

「…?…えぇ、多分」

「その、実は…雪だるまを作ってたの」

「…」

その言葉を聞いて、視線を滝川先生の足元に映すと、確かに雪だるまの体の部分であろう、作りかけの丸く固められた雪の塊があった。
その横には小さい雪だるまが二体、ちょこんと座っている。

「あれ、笑わないんだね」

「別に笑いはしませんよ。呆れはしますけど」

「うっ…やっぱりそうだよね…いい大人が何やってんだって思うよね」

「あ、いえ…そういう意味ではなくて…」

ただ、よくもまあ、こんなに寒い中で、冷たい雪に触れようと思うよなって呆れただけであって。

「あ、鳴神さんも一緒に作る?」

楽しそうに誘ってくる滝川先生には悪いけど…。

「すみません…あたし、雪が嫌いなので」

「そっかー。鳴神さんって、寒がりなんだ?」

「えぇ、まあ」

大雪が降った日に学校をサボった事を話したら、そんなに嫌いなんだ。と、くすくす笑われた。

「じゃあ雪が降った日は、いつもお家の中?」

「はい。家に居れば、冷たい風が吹く事もないですからね」

苦笑しながら答えると、滝川先生は寂しそうな顔をした。

「鳴神さん、それはもったいないよ…。雪ってさ、冬のほんの少しの間にしか降らなくて、おまけに滅多にこんなに積もる事ないんだよ?季節が巡っていく中での雪との遭遇をもっと喜ぼうよ。雪が積もれば雪だるまも作れるし、雪合戦もできるし、スキーもスノボも出来るんだし」

「あはは。滝川先生みたいな人、初めてだ」

「え?」

こんなに雪をありがたく思ってる人と初めて出会った。
あたしとは正反対の考えを持っているから、凄いと思う。

「実はあたし、生まれてこの方、雪を触った事がないんですよ」

「えぇ?!」

もしかしたら、小さい頃に一度くらいは触っているのかもしれない。
しかし、触った感触とかその時思った事とか、そういう記憶が一切無いのだ。

「筋金入りの雪嫌いだね」

あははと笑う滝川先生。
…の、後ろに何かが見えて、そちらを見た。


あれは…。


「待てー!ナベっちー!」

「待てって言われて待つ素直なウチやないー!!」

あははははと爽やかに笑いながら逃げる真鍋先生を、いつもの様にプンスカ怒りながら追いかける空さんだった。
真鍋先生は、あたし達に気付いたのか、進路をこちらへ変え、近付いてきた。

「おー!滝川センセやん!!あとナルカミも!」


「今日は空さんに何をしたんですか?」

「何って酷いな滝川センセ。ウチはなんも悪くないねん。今日、空の奴がウチのことを…ごふっ!!」

空さんが、真鍋先生めがけて投げた雪の塊が、見事に頭に命中し、最後の言葉を妨げられた。

「あーもー!!それは言っちゃ駄目って言ってんでしょ!」

「いった…痛いやんか!なんか今当たった雪、めっちゃ硬かったで?!」

「そりゃあ、私の憎しみが籠ってますから」

「ギューって強う握ったやろ!ギューって!!危ないやんか!!」

あたしと滝川先生の前で繰り広げられる痴話喧嘩。
こんな所で、喧嘩なんかしないでほしい…。

「あの…一体何があったんですか?」

喧嘩を遮る様に口を挟んだのは滝川先生。
それにムッとして答えたのは空さんだった。

「何って、ナベっちが私の事からかって苛めるんですよ!」

滝川先生が口を開きかけたのに、すかさず真鍋先生が反論してきた。

「別に苛めてへんやんか!」

「苛めじゃん!皆の前であんな事大声で言って…」

再び、二人だけの口喧嘩が始まってしまった。
これじゃ、延々とこれの繰り返しの様な気がする。
早く帰りたいし、ここはあたしも口を挟む事にしよう。

「空さんが真鍋先生に対して怒っているのは分かりました。ですがさっきから、主旨がまるで見えていなくてあたしと滝川先生はどう答えて良いか困っています。最初からきちんと話してもらえませんか?」

二人はすっかりおとなしくなって、空さんの方が話してくれた。

「…今日の体育の時間、私がナベっちを呼ぼうとして…その…ナベっちの事を間違って"お母さん"って呼んじゃったの…。そしたら…」

そしたら、真鍋先生がクラスの皆に、"今、空がウチの事をお母さんって言うた!!"って笑ながら言ったらしく…。

「それは、真鍋先生が悪いですよ」

「はい、あたしもそう思います」

二人が喧嘩していた理由を聞いて、あたしと滝川先生の意見が一致した。
確かに、間違えたのは空さんだけれど、それを馬鹿にして、皆に言う事では無いと思う。
あたしが空さんの立場だったら、当然恥ずかしいし、やっぱり傷つく。

「なっ…だって、新手のボケかと思うて…」

「いやー、どう考えても、うっかり間違えちゃっただけですよ、それは」

「ううっ…」

味方が誰一人としていない真鍋先生は少し押され気味。
素直に、自分が悪かったと認めれば良いのに…。
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