番外編

□憎めないアイツ。
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とある金曜日の夜。

仕事も一段落し、帰ろうと荷物を片付けていると、廊下から足音が聞こえてきた。
何年も一緒にいると、嫌でも足音で誰かと分かってしまうものだ。
足音の持ち主を頭に浮かべて、すかさず部屋の電気を消し、部屋のドアの鍵を内側からかけて身を潜めた。

足音は、部屋の前で止まり、ノックもせずにドアを開けようとする。
勿論、鍵はかかっているから、開くことは無い。

「戸田ちゃーん? 戸田ちゃんってばー」

鍵がかかっていて、電気が消えているのだから、居ないと思って立ち去れば良いのに。
そう心の中で思い、物音を立てないように、アイツが帰るまで静かに待った。

もう一度ドアを引いて諦めがついたのか、足音は遠ざかっていった。


完全に音が聞こえなくなってから、科学準備室を出た。


「なんや、やっぱりおるやんか」

「雪っ?!」

心臓が跳ね上がった。
廊下に居るはずのない人物が、ドアのすぐ隣に立っていた。

「おま…帰ったんじゃなかったのか?」

「それはこっちの台詞やで。なんで、部屋におらんフリしたん?」

オマエに会わずに帰りたかった…と言ったら、また色々ボケながら批難してくるに違いない。
だから適当にはぐらかして、廊下を歩き出した。
するとすぐに話しかけてきた。

「なあ、戸田ちゃん。今、お金いくら持っとる?」

その問いに思わず足を止めて、相手の顔を見た。

「…なんだオマエ。教師のくせに、カツアゲか?」

「ちゃうってー、そんな事する訳ないやんか」

「んじゃ、あれか。オマエお得意の金貸せか。オマエに貸すような金は一銭もないぞ」

「そんなんやないってば」

「じゃあなんだ」

再び足を動かしながら、靴箱へ向かう。

「今日なー、ウチと中華食べに行かん?」

「はぁ?」

素っ頓狂な発言に、再び足を止めてしまう。

「なんだ急に」

「いや、急にな、酢豚が食べたくなってな?」

「…独りで食べに行け。俺を巻き込むな。俺は食べたくない。勝手にしろ。俺は帰る」

早口で捲くし立てて、早足で靴箱へ向かう。
なんで食べたくもない高い中華料理を食べなきゃいけないんだ。
しかもコイツと一緒なんてまっぴらごめんだ。

段々とイライラしてきたので、後ろでわーわー何か言っているが全て無視することにした。
車に乗り込もうとすると、走って助手席に乗り込もうとしてくるので、すかさず鍵を閉めたら、窓ガラスをバンバン叩き始めた。

「なあなあ、ええやんかー!別に奢れとか言ってへんやんかー!!」

窓を閉めていても聞こえるほどの大音量で、叫ぶ雪。
ああ…どうやったら、ストレスが溜まらずにコイツと会話ができるのだろうか…。
長年一緒に居ても、唯一、それだけは分からないままでいる。

深い深い溜め息をついて、助手席の鍵を開けてやった。
すると嬉しそうな顔をして、すぐに乗り込んできた。

「ウチ、感動っ!!」

「言っておくが、わざわざ高い金払って、酢豚食べるのはごめんだ」

「えー」

「俺が作ってやるから、それで我慢しろ」

「お、ほんま?!それならそれでええわ!!」

隣に鼻歌を歌う雪を乗せて、車を走らせる。
途中、スーパーに寄り、食材を買い集めた。
そのときに酢豚にパイナップルは入れるなだの、お菓子買ってだのとうるさかったので、一発殴ると、少し大人しくなった。

家に着いてすぐに調理に取り掛かる。

「少し、時間かかるが、我慢しろよ?」

「んー、分かった」

雪は家に上がるなり、リビングへまっすぐ入って行って、テレビをつけて寛ぎ始めた。

「…」

普通、作って貰うんだから、何か手伝うことない?とか、せめて一言くらい言えよ…。
まあ。言われたら言われたで、即断っていただろうが。


出来上がった酢豚を皿に乗せて、リビングに運ぶ。
するとすぐに目を輝かせながら、こちらを見てきた。

「お、待ってました!」

「はいはい、お待たせしてすみませんね」

雪の皿を差し出すと、さらに目が輝きだした。

「うわっ!めっちゃ旨そう!実、これ、店のみたいやで?料理人になれるんちゃう?シュウさんになれるんちゃう?」

「これくらい、普通だろう。それよりも、シュウって誰だ?」

「知らん。どっかの中国のシェフやない?」

「…」

「いただきます!」

合掌してから、凄い勢いで食べ始め、ずっと旨い旨いと連呼する。

「そんなに、がっつくなよ。喉に詰まるぞ?」

「だって、ほんまに旨いんやもん!」

子供のように無邪気で嬉しそうな笑顔を浮かべて、俺の手料理を食べてくれる雪。
こういう姿は、見てて苛々してこない。
むしろ、少し…癒される。

「実っ!おかわり!」

「あ?おかわりは無いぞ?」

「えー、嘘や、もっと食べたいのに…」

箸を咥えてしょんぼりとする雪。
きっと、雪が犬だったら、耳が垂れてクゥーンと鳴いているだろう。

「俺の、少しやるから…」

そう言うと、すぐに嬉しそうな顔をした。
今は、耳がピンと立ったに違いない。
想像してくすくす笑っていると、雪は、俺が箸で掴んでいた肉を自分の口へ運び、パクン。

「オマエ…皿にあるやつ食えよな?」

「だって、箸で掴んでるやつのが美味しそうやったんやもん」

口をもごもごさせながら喋る雪。


…コイツは恋人に手料理を作ってもらっても、こんな感じなのだろうか。
そんなこと考えながら、ボケっと雪の顔を見ていると、気がついたら自分の皿が空になっていた。

「ご馳走様!!」

満足そうな雪と不満な俺…。
和やかなムードも、またいつもの苛々へ変わる。

「おまえなぁ…少しって言っただろうが」

「だって、実、全然食べへんのやもん。いらんって思うやんか」

「いらないわけないだろうが、俺だって腹減ってたんだよ」

「ボーっとウチに見惚れとったのが、悪い!」

「あ?誰が見惚れてただと?」

「だってずっとウチのこと見とったやんか!好きなんやろ?ウチのこと」

「何訳の分からない事いってるんだ馬鹿。好きなわけないだろうが馬鹿。自意識過剰め」

「なんで馬鹿って二回も言うん!?」

「知るか、ばーか!」


誰かのために、料理を作るのも、

誰かと言い合うのも、

悪くはないと、思う。


「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですー!」

「オマエは小学生か」

「ウチの心はぴちぴちの小学生やもーん」

「あぁ、脳みそがか」

「実の馬鹿!」

「あれ?馬鹿って言ったほうが馬鹿なんじゃなかったのか?」

「う、うるさーい!」



但し、それは、”たまには”だけれど…。



end.

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