番外編

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「え?どういうことですか…?」

ある日の放課後。
職員室に呼ばれたかと思ったら、とんでもないことを言われた。

接客用のソファに腰掛けてる戸田先生が頭を下げる。

「お願いだ。これは滝川先生じゃないと駄目なんだ」

「え…でも…」

「俺と真鍋は明らかに無理だし…佐倉先生と高柳先生もきっと難しいだろうし…」

戸田先生の頼みに躊躇していると、職員室に鳴神さんが入ってきた。
鳴神さんと目が合った戸田先生は何かを思いついたように手招きした。

「おい、鳴神。ちょっとこっちこい」

「なんですか?」

私の横に座った鳴神さんと一度目があう。

「滝川先生。今回の件、鳴神と一緒なら大丈夫だろう?」

「う…でも、鳴神さんを危険な目に合わせるのはちょっと…」

「大丈夫、大丈夫。だよな?鳴神」

来て数分。話の主旨すら聞いていない鳴神さんは、きっと何の話をしていたのか分からないはずなのに、首を縦に振った。

「えぇ、別に構いませんよ」

「ちょっ…鳴神さんっ」

戸田先生は満足げに頷いて、腰を上げた。

「じゃ、さっそく明日、よろしくな」

すっきりした顔をして自分の席に戻っていく戸田先生の背中を見ながら、溜め息をつく。

保健室へ戻る時、鳴神さんもついてきて部屋に入るなり、私に尋ねてきた。

「それで、先ほどの話は何だったんですか?」

「…」

鳴神さんらしくもない。
用件も聞かずに引き受けちゃうなんて…。
とても危険な事なのに。

「実はね…私に囮になれって言うのよ…」

「何の、ですか?」


最近、朝の満員電車で、桜木女子高の生徒ばかりをターゲットにする、悪質な痴漢が出没しているらしく。
何人も被害者が出ているのに、未だ犯人は見つかっていない。
そこで、被害者がこれ以上出ない為にも、教師の誰かが囮になり、痴漢が近づいてきた所を捕まえようという話になった。

「それで、その囮役が…滝川先生なんですか?」

鳴神さんの質問に、力なく頷いた。

「嫌なんだけどね…。戸田先生と真鍋先生は明らかに痴漢が近づいてこないだろうし、佐倉先生と高柳先生は…キレて何するか分からない

からって…」

確かに、高校生役なんて、私が一番似合っていると思う。
なんせ、高校卒業して間もないんだもんね。

「ははははは…」

無表情で笑うと、鳴神さんは再び尋ねてきた。

「それで、あたしは何をすれば良いんですか?」

「えっとね、戸田先生が言うには、もし何かあった時のボディガードらしいよ」

「あぁ。もし痴漢が逆上して来た場合、あたしは滝川先生を守れば良いんですね」

「まぁ…そんなところかな」

戸田先生も戸田先生だ。
そんな危ないこと、生徒に任せちゃ駄目でしょ…。
本人曰く、
「俺が隣に居ると、俺の事彼氏と思って、痴漢は手を出してこないだろうし」
との事。
だからって…こんな危ない事に生徒を巻き込んじゃ…。

「大丈夫ですよ。あたし、空手黒帯ですから」

「うん…って、えぇ?!」

さらりと何か今凄いことを言われた気がした。

「だから、空手には自信がありますから」

にこりと笑う鳴神さん。
そんな華奢な体で…黒帯…。
やっぱり何でもできる鳴神さんって…凄い。

「大船に乗った気で居てください」

「うん…」

「それじゃ、また明日の朝、電車で」

「うん、また明日ね」

***
「おはようございます」

「あ、おはよう、鳴神さん」

駅のホームで電車を待っている私に鳴神さんが声をかけてきた。
そして、くすくすと笑う鳴神さん。

「…な、何?」

「ん?いえ、制服が似合ってるなって思いまして…」

「う…は、恥ずかしいんだからねっ…」

「そんな…可愛いですよ、とっても…」

褒められて、少し顔が赤くなる。
ただでさえ制服なんか着るの恥ずかしいのに、痴漢に襲われやすくする為に、スカートの丈は下着が見えるか見えないかのギリギリの長さ

で、ワイシャツのボタンを胸元のギリギリまで開けてるし、オマケに下着が透ける様に、キャミは着ていない。
まさに、襲ってくださいと言っているような格好だ。
因みにこれ、真鍋先生仕様。
とても愉快な顔でやっていたのを思い出して、少しイラっときた。


「あ、そういえば」

「ん?」

「あたしと敬語で話してるのっておかしいですよね。あと、先生とか言ってもまずいし」

「あ、そうだね」

先生なんて呼んだら、正体バレバレだ。

「琴乃…って、呼んでも良いですか?」

「うっ、うんっ…あ、あと、け、敬語も良いよ…」

私、何動揺してるんだろう。
いつも先生って呼ばれてたから、不意過ぎて、ドキリとしてしまった。

「あ、電車来たよ、琴乃」

「そ、そうだね、鳴神さん」

ホームに入って来た電車。

「もう、あたしの事は鈴って呼んでくださいよ」

「あ、うん、ごめん…り、鈴」

ギクシャクしながら、私と鳴神さんは電車に乗り込んだ。
朝の満員電車は、本当に嫌になる。
特に、生徒の登校する時間のこの電車は一番混むので、私はいつも、一本早い電車を利用している。

「こ、こんなにこの時間の電車って、混むんだね」

「えぇ、この電車は人が多すぎるから、あたしもあんまり使わないんだけどね…」

電車が揺れる度に、ギュッと人に押されて、潰されそうになる。
何かに掴まっていないと、倒れてしまいそうなくらいだ。

必死にそれに耐えていると、お尻に何かが触れた様な気がした。

「っ…」

こんなに狭い空間に人が密集してるんだ。
たまたま当たっただけかもしれない。
最初は、そう思ったのだけど…。

気のせいではなかった。
ススス…と撫でるような感触に、体が強張って、頭が真っ白になった。

来た…。

隣の鳴神さんに涙目で訴えると、すぐに察してくれて、小声で喋りかけてきた。

「良いですか…そのまま、しばらく耐えてください。あたしが触ってる痴漢の事、ちゃんと見てますから。痴漢が降りる駅に着いたら、き

っと触るの止めるでしょうから、その時にあたしが痴漢を捕まえます…良いですね」

「っ…」

恐怖に耐えながら、こくこくと頷いた。
痴漢は、私がなにも抵抗しないことを良い事に、エスカレートしてきて、あろうことか、スカートの中に手を入れてきた。
かなり密着されていて、荒い息遣いが聞こえてくる。

「り、鈴っ…」

あまりの恐怖に、鳴神さんの手をギュッと握り締めた。
鳴神さんはその手を握り締めてくれて、大丈夫、大丈夫と諭してくれた。

しばらくそのままの状態が続く中、やっと手が離れて行った。
その隙を狙って、鳴神さんが素早く痴漢の手を掴んだ。
そのまま、電車から引きずり降ろしたので、急いで私も駅に降りた。

「貴方、痴漢でしょ!」

鳴神さんがスーツを着た中年太りの男に向かって叫ぶ。

「ち、ちがうっ!痴漢なんかしていない!!」

鳴神さんの手を振り解いて、逃げようとした。
…が、素早い動きで、その男に華麗な回し蹴りをかました。

「ごふっ!!」

その場に倒れこんだ男。
痛そう…なんてちょっとばかし同情。

「ナルカミ!ようやったな!」

「今、駅員呼んでくるから待ってろ!」

どこから出てきたのか、真鍋先生と戸田先生が姿を現した。
真鍋先生は男を押さえ込み、戸田先生は駅員を呼びに行った。

「二人とも…いつから居たんですか?」

「ん?滝川センセらが電車乗る前から、おったで」

「じゃあずっと?」

「おう、そりゃ勿論!滝川センセに何かあったらウチ死んでまうわ。…滝川センセ。恐い思いさせてすまんかったな」

なんだ。
別に戸田先生達は私達に全部を任せて放置してたわけじゃなかったんだ…。

痴漢は、駅員室に連行され、先生達が密かに撮っていたビデオカメラの画像が、動かぬ証拠となり、その男は警察に引き渡された。
私達四人が、学校へ付いた頃にはもうすでに三時間目に突入していた。

「ナルカミ、今日はありがとな。さ、ナルカミは授業行き?」

「いえ、あたしは滝川先生のメンタルケアを致しますので…」

「あぁ、そやな。痴漢に好き放題されて、恐い思いしたもんな。じゃ、頼むわ」


制服のまま、私は鳴神さんに連れられて、保健室へ入った。
やっと全てが終わったんだと思うと、途端に力が抜けて、ベッドに腰掛けた。
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