リクエスト小説
□※平常心ではいられないっ
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「……でね?この間ー…」
ウチの目の前でにこにこと幸せそうに微笑んで話す滝川せんせ。
「……さんがね………でー」
ウチが、どんな気持ちで聞いているかも知らずに…。
「もう!真鍋先生ったら私の話、ちゃんと聞いてます?!」
「え?…あぁうん、聞いてるで?あれやろ、この間の休みの日にナルカミとデートした時の話やろ?」
「そう!それで鳴神さんったらデートの最後にサプライズでプレゼントくれたんですよ!」
「へぇー良かったなー!嬉しかったやろ?」
「はいっ!!とっても嬉しかったです!幸せですよ本当にー!!」
ウチに向けられたその笑顔は、ウチへのものではない。
滝川せんせがそうやって心底幸せそうにしているのは…
「滝川先生」
ドアが開いたと共に落ち着いたトーンの声が耳に入る。
滝川せんせは、その声のする方へ振り向いて満面の笑みを向ける。
「あ! 鳴神さんっ!」
そう、全ては…このナルカミへのものだ。
「お待たせしてすみません。生徒会の仕事が長引いてしまって・・・」
「ううん、気にしないで良いよ!いつも遅くまでお疲れ様っ」
二人は・・・滝川せんせとナルカミは付き合っている。
それを知っているのは、二人がらぶらぶしてんのを偶然目撃してしまったウチだけ。
勿論黙秘して欲しいと言われ、素直に黙っている。
それ以来、今日みたいに放課後ナルカミの生徒会の仕事が終わるまで、滝川せんせに保健室で惚気話を聞かされるのが日課となってしまった。
「滝川先生、あまり真鍋先生を困らせちゃ駄目ですよ ?」
「ん?」
ナルカミがこちらをチラリと見やり、憫笑した後に優しい笑顔で滝川せんせに言う。
「滝川先生の事だからどうせ毎日毎日惚気てるんでしょう?真鍋先生も仕事があるんですから、ほどほどにしてあげてくださいね」
「え、何で私の事解かるの?」
「滝川先生の事なんて、何でもお見通しですから」
「もう…鳴神さんったら…」
ナルカミの発言に滝川せんせは頬を赤らめるし、それを見たナルカミは微笑しているし…
このバカップル、早く帰ってしまえ。
顔にも口にも出さないけれど、心の中でそう呟いた。
「それじゃ、帰りましょうか」
「そうだね。今日は…私の家に来るんでしょ?」
「えぇ、週末ですしお泊りしますよ」
「やった!」
「じゃあそういう事ですので真鍋先生、また月曜日に」
「あいよ、さいならー」
三人で保健室を出て、いちゃいちゃしながら帰る二人の後ろ姿を見えなくなるまで無言で見つめる。
そして、姿が見えなくなってから保健室のドアを思い切り殴った。
気に食わない…
何もかもを見透かしているような、ウチに向けられたナルカミの冷笑にいつも憤慨している。
ウチはずっと前から密かに滝川せんせに好意を抱いている。
勿論恋愛対象として、だ。
だが滝川せんせはナルカミと相思相愛で、ウチの入り込む隙間すらないのだ。
二人が愛し合っているのならば、さっさと諦めてしまえば良いのに…執念深いウチの気持ちは未だに変わらない。
いつも放課後に保健室で会えるのが嬉しいし、たとえ話題がいつもナルカミとの惚気話だとしても嬉しそうににこにこと笑う滝川せんせを見れるのは欣幸の至りではある。
けれど…やはり…
滝川せんせを自分のものにしたいという気持ちも多大にある。
いつも、いつも二人がいちゃいちゃしてんのを見て悶々としている。
二人が別れてはくれないかとか考える事もよくあるし、そんでもってウチを好きになってくれないかなとか思うし、めちゃくちゃにしてやりたくもなる。
幸せそうな滝川せんせを見るだけで良いっていう気持ちと、
別れてしまえば良いのにっていう気持ちが混沌とする。
まるで天使と悪魔が頭ん中で言い争ってるみたいだ。
「ははは…ウチ、ほんま馬鹿やなぁ…」
体育教官室に戻って乱暴に椅子に座り、煙草をふかして天井を仰いだ。
ぼんやりとあの二人の事を考える。
どうせ家に帰ったらいちゃいちゃしとるんやろうな…。
週末のお楽しみってやつか。
考えなきゃ良いのに、つい考えてしまってカッとなってしまった。
「もう一本…」
最近、煙草の本数が増えてしまった。
体に良くないのは重々承知ではあるが、吸わないとどうも落ちつかない。
あん時からやな、本数増えたの…。
ナルカミが、滝川せんせとキスしてる場面を見てしまった時から…。
あん時はショックのあまりに立ちくらみがしてしまったのを今でも覚えている。
好きな人が誰かと愛し合ってる姿なんか見たくもなかった。
心が、ズキズキと酷く痛んだ。
あともう一本…
再び煙草に伸びる手。
火をつけて肺へ煙を送り込む。
溜め息と共に吐かれた煙は天井を一瞬白くさせて消えていった。
ウチの気持ちも、こんな簡単に消えてしまえば良いのに…。
**平常心ではいられないっ**
ある日。
いつもの放課後ではあるが、何かが違う放課後であった。
いつもの様に、滝川せんせの顔を見たくて保健室へ訪れた。
そこまではいつもと変わらない。
けど…
「どないしたんや滝川せんせ」
保健室の主は、室内のソファに膝を抱えて小さく蹲っていた。
こんな滝川せんせの姿は初めて見る。
慌ててソファへ走り寄った。
ウチの存在に気づいたのか、塞ぎ込んでいた顔をゆっくりと上げる。
その顔に吃驚した。
「…なに泣いとるん?どないしたん?」
いつから泣いていたのだろうか、赤く腫れた両目がウチを捉える。
でもその眼には生気が感じられない。
朦朧とした瞳からは、再びじわりと涙が溢れ出してきた。
慌てて抱きしめてジャージの裾で涙を拭い取ってやる。
拭っても拭ってもボロボロと零れる涙を見て心がズキズキと痛い。
滝川せんせがこんな姿になってしまうなんてきっと原因は一つしかないであろう…。
暫しの間抱きしめて頭を撫でて滝川せんせが落ち着くのを待ってから話を聞くことにした。
泣き止んだせんせがゆっくりとウチに話してくれた。
案の定原因はナルカミで、どうやら昨日大喧嘩をしたらしい。
「…今日、休み時間にC組の子が私にいきなり抱きついてきて…それでほっぺにチューしてきたんです。
いきなりの事だったから避けられなくて…。
そしたらそれを鳴神さんが見てたらしくて…」
「あぁなるほど。
浮気と勘違いされたんやな?」
「はい…弁解しても鳴神さんったら聞く耳持たずで…」
その時の事を思い出したのか再びじわりと涙が溢れてきた。
しかし珍しい。
あの冷静沈着なナルカミがそんな事でカッとなったりするだろうか…。
否、それ程滝川せんせのことが大好きな証拠か…。
再び強く滝川せんせを抱きしめる。
いつもなら跳ね飛ばされそうなのに相当参っているのかウチの背中に腕を回してきた。
「うー…真鍋先生ぇ…」
滝川せんせの温もり、息遣い、におい全てが感じ取れて心臓がドキドキと高鳴る。
ずっとこうやって抱きしめたかった…。
ずっと、ずっと好きだったから…。
気持ちが…想いが高ぶってしまう……。