リクエスト小説

□※平常心ではいられないっ
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「…あんなぁ、滝川せんせ…」

「…なんですか?」

「ウチな、滝川せんせの事ずっと前から…好きやったんよ」

「……え?」

吃驚したのか背中に回していた腕を下ろしてウチの顔を見る。
きょとんとしている滝川せんせの目をしっかりと見て再び想いを告げた。

「好きやで」

ウチが告白しているのがやっと解かったのか、徐々に顔が赤くなっていく滝川せんせ。
そして突然の事に動揺し、あたふたとし始めた。

「え、あの、私…えっと…その…」

「ぶはっ、動揺し過ぎやで!ウチが好きやったん、全然気づかへんかった?」

「…はい」

そりゃああんなにナルカミに夢中やったら気づくわけないか…

「だからな…だから…」

「?」

「一日だけ…いや、今だけでええから…ウチのものになってくれへんかな…?」

「それ、どういう意味で…っ?!」

滝川せんせが言い終わる前に、頬を両手で包んで唇にキスを一つ。
返事なんか、聞かない。聞きたくない。
どうせ拒絶しかされないのだから。
それならば欲望のままに……。

もう一度口を塞ぐ。
一生懸命抵抗しようと手を伸ばしてウチを退けようとするけれど、小柄な滝川せんせの力じゃビクともしない。
無理矢理舌をねじ込んで、奥に引っ込んでいる滝川せんせのそれと絡めあう。
ウチの動きに吃驚したのか、ビクリと体が跳ねた。

「ごめんな…滝川せんせ…痛いことはせぇへんから…」

耳元で囁いて、座っていたソファに優しく押し倒した。
怒っているのか恐がっているのか解からないけれど、そっぽを向いてウチと目を合わせようとしない。
そんなせんせにキスをまた一つ。

そして首に鎖骨にと、滝川せんせの体ひとつひとつを味わうかのようにキスを落としてゆく。

「抵抗…せぇへんの?」

先ほどからやけに大人しい滝川せんせ。
相変わらず目は合わせてくれないけれど。

「どうせ抵抗したって、やめてくれないんでしょ…」

不機嫌そうな声で小さく呟いた彼女。
思わず苦笑してしまった。

「うん…そうやな。すまんけどもう止められへんわ…」


ウチは最低やな…。
ナルカミとの喧嘩で傷ついてる心に塩を塗る様な卑劣な行為。
最低や…ほんま最低や……。

自分を蔑みながらも、ずっと想っていた相手と肌を重ねる…。
想い人に触れられて幸せなはずなのに、やはり己の愚行に呆れた。



冷静になった今は後悔しかなかった。
何故無理矢理してしまったんだろうか。
何であのまま気持ちを内に秘めておかなかったのだろうか。
なんで…なんで…

「滝川せんせ…すまんかった…」

乱れた服を調えているせんせに、背中越しに小さく謝った。
少しの間のあとに相変わらず不機嫌な声でせんせが返してくれた。

「謝るくらいなら最初からしないでください。
真鍋先生の告白は、正直嬉しかったですよ。
…気持ちに応える事はできないけれど…
でもだからってあんな無理矢理…!」

「うん…ほんますまんかったわ…」

深く頭を下げて保健室を出て行った。
それから体育教官室に戻って椅子に力なく座る。

出て行く際に言われた

…最低です

の一言が何度も頭の中でリピートされる。



他のせんせ達が帰って行く中、ウチは何をするわけでも無くただずっと自分の机に向かって放心状態になっていた。

ウチの恋は最初から実らんかったんや。
実らん恋を無理矢理成就させようとしたって、うまくいくわけがないんや。
なのに、あんな馬鹿げたことを…。

頭ん中で何度も何度も自分を責める。
自分のしでかしてしまった事はもう取り返しがつかない。


はぁ…と深い溜め息をついていたら、乱暴にドアが開いた。
こんなドアの開け方する奴なんて、空しか居ない。
ゆっくりとそちらを見やると、空ではない人物が立っていた。

今、ウチが一番会いたくない奴や…。

鬼の様な形相でこちらへつかつかと歩み寄ってきて座っていたウチの胸倉を思い切り掴んだ。
そして、いきなり頬を平手打ちしてきた。

パンっと乾いた音が部屋に響く。
そしてヒリヒリと痛む頬。

事がバレれば当然ウチの所へやってくるだろうとは思っていたが、ビンタは想定外だった。
はたかれた頬をさすってへらへらと笑う。
駄目だ…目が合わせられない…。


「痛いやんかナルカミ…せんせ引っぱたくとは何事や」

「人の恋人に手ぇ出しといてその態度は何なんですか!!!
教師の前に人としてあるまじき行為を貴女はしたんですよ!?」

「…あ?」

こんな…こんなこども相手にムキになるなんて大人げないけれど、なんか段々腹が立ってきた。


「言わせてもらうけどな!ナルカミこそ滝川せんせ泣かせたやろが!大好きな人泣かせるなんてサイテーやで?!
ウチがせんせの恋人やったらそんなこと絶対せぇへんわ!」

「あれは…ついカッとなってしまったんです!
それよりも最低なのは真鍋先生でしょう!
あたしと滝川先生が付き合ってるのを知っていたのに手を出すなんて…!」

「ナルカミこそウチが滝川せんせを好きなこと、最初から知っとったやろが。
こんなことになる事くらい予想せぇへんかったん?
滝川せんせのこと、本気で好きならもう二度と泣かしたらあかんで!
もう一度泣かしたら、今度こそ本気で奪いに行くからな!」

さらに言い返してきそうだったが、言いたいことをぐっと堪えたのか歯を食いしばったあと一言だけ

「ご忠告、ありがとうございます。
でも絶対に滝川先生は渡しませんから」
                                                      
と言って静かに去っていった。                                                

「はぁ…ナルカミに完敗やな…
かっこ悪いなーウチ…」

天井に向かってぼそりと独り言を嘆く。

ウチの実らない恋は…酷く情けない形でピリオドを打った。                                                                





**鳴神Side.**


あんなに、そこまで怒る必要はなかったと思う。
滝川先生が浮気なんてするわけないし、どうせ相手が無理矢理したに決まっている。

でもなんだかとてつもなく腹が立ってしまったのだ。
滝川先生にじゃない、相手の子にだ。
責める相手が違っていた。
なのにその場を目撃してしまった時、どうしようもなく動揺してしまったのだ。
そしたらなんだか冷静さを保てなくなってしまって…気が付いたら滝川先生にキツイ言葉ばかり吐いてしまっていた。

先生が何度も弁解してきたのに、その時すぐにこちらが折れれば良かったのになんだかすぐに許せない自分が居て…。
泣きじゃくる先生を置いて教室に走って逃げた。

その後の化学の授業は上の空だった。
戸田先生の声なんか全然耳に入って来なかったし、板書も一切できなかった。
ずっと、滝川先生の泣き顔が頭から離れない。

…あたし、滝川先生になんて事を言ってしまったんだろう…。
放課後謝りに行こう…。

冷静さを取り戻して次の授業はちゃんと取り組む事ができた。



放課後、少しだけ生徒会の仕事をしたあと保健室を訪れた。
その時に真鍋先生が出て行くのを目撃した。

背中を丸めてのそのそと歩く真鍋先生の後ろ姿を見て、なんだか嫌な予感がしたのだ。


あたしは結構勘が鋭い方で、誰が誰を好きだとか自分に好意を寄せてくれる子なんかも解かってしまう。
だから真鍋先生が滝川先生に恋愛的な感情を持っていることもすぐに気づいた。

きっと、あたしが滝川先生を好きになり始める前から真鍋先生は密かに恋心を抱いていたんだろう。
滝川先生を見る眼差しがあたしと一緒だったもの。
最初は何で告白しないんだろうかと疑問に思った。
側に居るだけで十分というやつだろうか。
案外真鍋先生は恋愛に臆病なのだろうか。

あたしはそういうのは嫌だから真鍋先生には悪いとは思ったけれど、滝川先生を自分のものにした。


滝川先生と付き合いだして間もなく、真鍋先生にキスしているところを見られてしまった。
相当のショックを受けたんだろう。
驚愕して顔色を変えていた。
そりゃあずっと好きだった人がまさか生徒と付き合っていてキスしているなんて気が動転するよね。

黙ってくれるのは不幸中の幸いだった。
もしこれが他の先生や生徒だったら噂が校内中に広まっていたかもしれない。

それ以来、滝川先生は堂々と惚気られる相手が出来て嬉しいのか、毎日の様に真鍋先生に話を聞いてもらっていた様だ。
滝川先生は、まさかその話を聞いてくれている真鍋先生が自分を好きだなんてつゆ知らず…。
酷なことをしていると思う。

流石に…あまりに真鍋先生が可哀相だと思って滝川先生に少し控えるように忠告してはみたけれどあまり分かってはくれなかった。






「滝川先生」

去ってゆく真鍋先生の後姿を遠目に見送ったあと、静かにドアを開けて中に居るであろう人物に声をかけた。
部屋の主は、ソファの上で膝を抱えて小さくなっている。

あたしの声に気づいて一度こちらを見たけれど、視線は再び床の木目へ戻る。

「琴乃さん」

無視されたので、今度は名前で呼んでみた。
そしたら不機嫌丸出しの声で小さく返事をしてくれた。

「……なによ」

口を尖がらせている彼女の横に腰をかけて抱き寄せる。
その時に彼女のものではないにおいが鼻腔を刺激した。
…煙草の、におい……。
先ほどの嫌な予感が的中したかもしれないと、胸がざわざわと騒ぎ出す…。


あたし達が付き合いだしてからも、ずっと滝川先生に好意を抱いてたのは解かっていた。
でも真鍋先生が滝川先生に手を出すわけがないと変な確信を持っていたのだが…まさか…。
でもそれはあたしの憶測に過ぎない。
ただいつもの様に滝川先生の話を聞いていただけかもしれないし…。

冷静にならなければと一度深呼吸したあとに、まずは休み時間の事を謝った。

「いいよ別に…突然のことだったとは言え、私が避けなかったのが悪いんだし…」

「いえ、滝川先生は悪くないです。悪いのはあたしの方でした。
ちゃんと冷静になって考えてみれば分かることなのに、酷く動揺してしまって…本当にすみませんでした」

「……」

頭を下げたけれど、彼女は再び黙り込んでしまった。
何を言ったら良いのか分からなくなって、あたしも黙り込む。

しばらく無言の状態が続いたあと、先生はポツリと呟くようにあたしに言った。
それを聞いたあたしは一目散に体育教官室へかけて行った。


“さっき…真鍋先生に襲われた…”

やはり、あたしの予感は見事的中してしまった。
でもなんだか妙に滝川先生は落ち着いた口調で話してくれた。
まさか・・・合意の上での行為だったのだろうか。
もしかして気持ちが真鍋先生の方に傾いたんじゃないだろうか…。

どんどん悪い方向に考えてしまって頭の中がパニックに陥る。
もう、冷静でなんか居られない。

好きな人が、誰かに取られるなんて考えられない…。

いつもなら教員の居る部屋のドアはノックして了承を得てから開けるようにしている。
けれどそんな余裕すら今は微塵も無い。
乱暴に開けて中へ入る。

背中を丸めて座っている真鍋先生の元へ歩み寄って思い切り胸倉を掴んだ。
自分の恋人に手を出した相手だと改めて考えると、無性に頭にきてそのまま先生の頬を引っぱたいてしまった。
教師に暴力を振るう生徒会長なんてどの学校を探してもきっとあたしだけであろう。

ビンタされてもへらへらと笑う姿を見て更に頭に血が昇っていく。

挙句、泣かせるなんて最低だのと罵倒されて怒りのボルテージがどんどん上がっていった。
本当に、滝川先生の事となると自分でも吃驚するくらい自制心が効かなくなる。
でも真鍋先生に言われたことに頷ける部分もあって余計に苛々した。

これ以上真鍋先生と言い争っていても駄目だと思って引き下がることにした。
けれど去り際に、絶対滝川先生は渡さないと釘を刺しておいた。


体育教官室を出てから深い溜め息をつく。
こうなった原因は全部あたしのせいじゃないか…。
真鍋先生が滝川先生の事を好きなまま放っておいたのもそうだし、
あんな事で喧嘩して滝川先生責めたりなんかして…。
真鍋先生が手を出した事だって……。

人を責める前に自分の言動や行動を反省しなきゃ…。
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