□ハッピーバースディかいと。
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がくぽは『家』のキッチンで慣れないツールを引っ張り出した。

「…?ボウルが二個も必要なのか?普通一家に一つだろう」

一つしかないボウルと沸かしたお湯を見比べる。

ぽちゃん。

強引にいくことにした。

「…固い…っ」

業務用チョコレートは意外に固い。というか素人には間違いだった。

しかも普段料理などしない彼のキッチンにあるのは果物ナイフ。

「うっ!」

ぎりぎりと力を込めていると、チョコレートは破片を撒き散らしてまな板から飛んだ。

「熱っ」

ボウルを蓋にしていてセーフだったが、鍋から少量熱湯が跳ねた。

割れて飛んだチョコレートを拾って刻むことにリトライ。
細かくなったそれはどうにかがくぽの力ずく作業に応えた。

「…写真とは若干違うが…」
粗挽きのチョコレート片をボウルに入れる。

「…生クリームと」

冷蔵庫から冷えた生クリームを取り出し、ボウルに入れた。

「ま、混ざらん!?」

溶けかけのチョコレートが生クリームにぷかぷか浮かんだ。

「…何故レシピ道理にやっているのにうまく往かぬ…」

ぐるぐると、へらでボウルをかき回す。

「ブランデーを入れれば溶けるのか?」

それは次の工程。

「…へあっ!」

普通にコンビニで買ったミニサイズのブランデー(飲む用)は小さじ一杯なんてお洒落な出方をしない。

「…あああ」

手遅れ感満載のボウルを前に、行きそびれたコーンフレークやココアパウダーが虚しく散らかる。

やけっぱち半分にかき回す。

「熱っ」

チョコレート飛んだ。








「がくぽ、居る?」

不意打ちのタイミングで、今一番会いたくない人物の声がした。

「居ないでござる!」

「何それ」

カイトには玄関の鍵をかけていない。普通におじゃましますと入って来た。

「………何やってんの」

とりあえずシンクに隠れる様にしゃがんだがくぽ。
ぐつぐつ言ってる鍋の存在といい、そこに隠れたのはカイトにすらバレバレだ。

「がくぽ?」

がくぽの部屋がお菓子の甘い匂い、という違和感に戸惑いながらもキッチンに歩み寄る。

「………」

さすがに逃げ切れないがくぽは気まずそうにカイトを見上げた。

「…失敗でござった」

「いや成功すると思ったの?」

カイト以外は知らないが、がくぽは超不器用なのだ。ボウルの中ででろでろになった薄茶色の物体を見つけ、苦笑いで火を止めた。

「包丁で指切ったりしてない?」

がくぽの前にしゃがんで手を拾い上げた。
あちこちチョコレートやらが付いているが、切ってはなさそうだ。

「………すまぬ」

ぽつり、しょげた様子でがくぽがつぶやいた。

「ありがとう。別に無理しないでサーティワンでも良かったのに」

「…そんなのカイト殿いつも食べてるでごさる」

「好きだから食べてるんだよ?」

がくぽの髪についたチョコレートを手ぐしで梳いた。
耳にも付着している。

「…へあっ!」

突然耳に落とされた口づけに、がくぽはびくりとした。

「かカイト殿っ」

普段仕掛けてこない、カイトからの誘いにがくぽがへある。
が、そのまま抱きしめられて静止した。

「…ごめん」

「…いや、その」

カイトの心拍数が上がっている。体温も、若干。

「…好きなら、」

がくぽの心拍数も上がって、カイトにも聞こえているだろう。そろそろと手をカイトの背に這わせた。

「食べたらいいでごさる…」









Happy birthday!

定番だけど一番おいしいの。
 

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