階層毎のお客さん SS

□3階
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 3階 前日の(元)お客さん 








 黒ずくめは僕の話を聞いて急遽紙の切れ端に十数枚程度複製したアンケート用紙を配った。あの処女狩りの男は常連のようで、新しい子が入るたびに——黒ずくめはあの時「指名がすぐ入ることは凄いこと」と言っていたのはおそらく、この男のせいで定番のお世辞のようになっていたようだ。——いの一番に買う名物らしい。ほかの少年たちは誰一人とお尻が痛いという言葉以外文句を言わなかったそうなので、まさかこんなに手荒く商品を扱われているとは知らず、良い客の箔を押されていたらしい。
 アンケートの結果は散々だ。みんなの書いている横で僕も少しのぞき見をしたが、揃って無理やり肛門に挿れられ、血を流してこれが普通だと教わったと書いていた。中にはそれ以上に酷い事をされている内容もあったが、それは割愛しよう…。
 アンケート用紙を集め終わった黒ずくめの男たちは檻の中で絶句していた。三人が固まってひそひそ話をして、そのまま檻を出て行った。
僕は相変わらずの癖で静まり返った檻の中で口に出して言った。

「あの男ももう長くないな」

 少年たちはぽかんとしている。


 *


 翌日になり、突然扉が開いた。不意なことで驚くことも忘れた僕たちは一斉にそちらを向く。
 あの男だ。忌々しい僕や少年たちを無理やり犯したあの男が、檻の中にゴミのように投げ込まれた。だが、あの一見紳士的な面影はどこにもなく、体はうっ血しそうなほどロープでぐるぐるに縛られ、顔は赤紫色に腫れ上がっていた。顔中傷と痣と血だらけで、涙を流しながら目元も口元もブクブクに腫れ上がり、小さな声で「ぁ…、ぁ…」とぶるぶる小刻みに震えながらぼそぼそ唸っている。
 後ろから黒ずくめのうちの一人がずかずかと入ってきて「この恥知らずが!!」と大声をあげて男の股間の部分を蹴り上げた。

「お前みたいな奴等のせいで俺たち少年愛好家がどれだけ肩身の狭い思いをしてるのか?!」
「ぅぅぅ………、……ぉご……ごぇんらさ…」
「そんなにせめぇ穴がいいんなら壁のひび穴にでもチンコ突っ込んでろクソが!! おかげで子供たちがすっかりてめぇ一匹のせいで怯えちまっただろうが!」

 男は何度も下腹部を中心に男を蹴り上げた。突然のことで誰一人と悲鳴も怯えることもなく、ただ驚きの表情を隠せないでいた。
 …男は一瞬たまたま僕と目が合った——気がした——男はニヤッとほくそ笑み「ヘヘッ」
と笑った。
 その声が非常に癪に障り、僕は解き放たれたようにそこから駆け出し、男の顔を思いっきり踏みつけた。その姿を見たほかの子たちもハッとしたようになり、恨みに任せて我先にと男に攻撃にかかった。

「このやろぉ!」「しんじゃえ!」「くたばれ!」

 みんな力任せに男に集り、殴ったり蹴ったり思い切りかみついたりしていた。男はひぃぃと情けない声をあげていた。流石に10人前後の少年に殴られ、痛くないなんてことはないようだ。
 黒ずくめが今度は間抜けた顔をしながら男を見ていた。さっきまで自分たちが蹴っていたモノを、昨日まで怯えて動こうとしなかった少年達が一斉に動いて男を殺しにかかっているからだ。

 僕は一回踏んだので満足し、群れから離れ、壁にまたもたれた。黒ずくめのうちの男の一人が、僕の前に近づいてくる。

「君の勇気ある内情の告白してくれたおかげで、有害な客を一人懲らしめることができたよ。感謝する。俺たちが責任を持って海に投げ捨てておくから」

 黒ずくめの男が腰を屈める手を握りながら僕にそう感謝の意を伝える。薄い空気を思い切り吸い、「海には投げないで」と言った。

「海が汚れるのは嫌だ」
「………くくく、承知した。埋めておくことにする」

 黒ずくめの男はお手上げのようなポーズをとり、後ろに下がって少年達にゴメンよと言い、ズタズタのボロ切れ状態の男の足を掴んで引きずり、檻の外へ出ていった。別の手の空いた黒ずくめが入って来て、こう告げた。

「こいつみたいなやつらは俺たちが八つ裂きにする。だが、勘違いするな。お前達はあくまで商品だ。だから血で濡れるようなことがあっちゃいかん。順に風呂に入れ」

 優しいのか優しくないのか。まあ、お客という存在に出すには僕らは清潔でないとダメみたいだ。さっきまでの暴動は嘘みたいに静まり返り、みんなまた震えながら順に檻から出て風呂場に向かっていた。僕は…蹴っただけだからいいか。
 僕は呑気に小さくいびきをかきながら眠った。


 *


「起きろ、おい。おい」

 体を揺すられ、目が覚めた。僕は小汚い椅子に座り、汚いテーブルクロスと錆びたフォークに目をやった。ここは、…食堂?
 いったい何時間眠ったんだろう? 目をこすり、改めて辺りを見回す。驚くことに少年達は和気藹々とし、交流を深めている。さっきまで怯えていたネズミのような彼らが笑顔だ。すごく異様な光景…。

「飯の時間だ。運んでやったんだ」

 男はそう言ってスタスタ離れて行った。
 机についている子で知らない子が何人かいた。そう言えば、お客がつけば部屋を与えるとかなんとか言ってたような気がする。もしかして、そんな子達も同じ場所で食べるから集まったのだろうか?
 優遇されているとはいえ、部屋を与えてくれると言うだけでそれほど特別扱いはされてないみたいだ。

「配膳する」

 男たちはさびたプレートに、パン半欠片と牛乳250ml1パック、冷めたスープに適当に切った野菜を盛った、まるで刑務所の囚人に配るような食事を僕達の目の前に出した。さっきまで和気藹々としていた少年たちは、目の前の食事を見ると分かりやすいくらいがっかりしていた。その中で僕だけが嬉々し、比較的まともな食膳にはにかんだ。
 少し離れた場所に部屋を与えられたある少年の配膳された食べ物を見た。プラスチックの小綺麗で端に花の柄が書かれたプレートに、バターパンが一つに小さなお肉のステーキ、ぬるそうなコーンポタージュ、適当に切った野菜と牛乳250mlが1パックあった。あまり内容は変わらないが、小さいながらもお肉とパンが丸々一つあることがほんの少しだけ羨ましかった。その目線に気づいたのか、僕によく容姿が似た灰色の肌をした目つきの悪い少年が少し睨んでいるように感じた。目があったような気がして、僕はすかさず目をそらした。

「今から15分間が食事時間だ。無駄話はするなよ」

 黒づくめは別の部屋に行き、鍵をかける音がした。もさもさとパンをちぎって食べる音がする。みんなの顔は暗い。
 僕は手始めにスプーンを取り、冷めたスープを吸った。コンソメの味が薄いスープだ。おかしな話だけど、そのコンソメスープは冷たく味が薄いのに、「とても濃い味がする」と思った。それはそれは最近ろくなものを食べず、味のないよくわからない小さな魚を食べていた生活しかしていないからだ。処理の仕方もわからず——引っ越し直後はお金もあり、母が弁当やパンを買って来ていたが、その後はホストに入り浸り、あまり帰って来ず自炊をせざるを得なかった——内臓ごと食べ、何度も体を壊し、毒にかかったことだってある。味付けの仕方も教わることはなかったのでそのまま焼くか、生で食らうしか方法がなかった。スープの後にはパンをかじる。パサパサしているが、主食となるものも久しぶりでスープと合わせればみるみる食が進む。牛乳も250mlばかりだが、川の水しか飲んでいなかった日々に比べたらしっかり味があり、久しぶりの栄養が体に染み渡る。野菜だって同様だ。ドレッシングはかかっていないものの、緑色のその辺に生えている野草ではなくどこかの誰かが育てた廃棄寸前の野菜を食べることができて、僕はなんて幸せなのだろうと心の奥底で確かに思った。
 僕がやたらがつがつ食べているのを不審に思ったのか、「おい」と今し方目のあった灰色の少年が声をかけてきた。

「そんな大したことのない飯をわざわざうまそうに食おうとしないでくれないか? 見てたら悲惨で悲惨で可哀想に見えてくるんだけど?」

 にやにやしながら自分はバターパンをかじりついてみせる。その嫌味ったらしい姿を見ていると、この子は自分に容姿は似ているが誰かと張り合わないといけない悲惨な子に見えてしまった。勿論このまま言うと口喧嘩に発展しまいそうなのを見越し、僕はすべてを飲み込んだ後、彼のまだ手を付けていない小さなステーキに手を伸ばし、そのまま一口で食べた。

「はっ?! てめ…! 何してやがんだ!」
「君のは『大したこと』があるんだろう? それに憐れんでいたからくれるんだとばかり思っていた。でもこれは本当においしいね。あんまり食事の差を感じられなかったけどね。ありがとう」
「何言ってんだよ! ヒトのモン勝手に食っといて馬鹿言うなよ! 謝れ! 返せ!」
「うるさいぞシャドー! ごたごた言わずにさっさと食え!」
「でも‥あいつが…」
「二度も言わせるな。没収する」

 黒づくめの一人が奥から出てきて灰色の少年のプレートを取り上げる。まだ残っているようにも見えたけど、僕には関係のない話だ。

「……てめぇぇ…覚えとけよぉぉ……ッ」

 自分が勝手にケンカを売ったのになぜ僕はにらまれて恨みを買われているのかはわからない。自分より下と思っていた奴にまさか仕返しが飛んでくるとは思っていなかったのだろう。まぁ、檻に入れられていた子たちの部類だから、怯えっぽい子達の一人だと僕もなめられていたんだろうな。

 あの子は鏡に向かってしゃべっていたんだろうか? 自分もパンをおいしそうにかじって見せてたし、本当に可哀想なのは自分なのに何か勘違いしているのだろうか。でなければ突っかかってくることはなかったろうし、…ああ、僕がおいしくて食べているのを、自分のほうがおいしいんだって誇示したかったのかもしれないな。でも残念。僕はほかに食事をしていないから、この一見みすぼらしい食事もごちそうに見えたんだ。もちろんあの子のほうが量が一つくらい多かったかもしれない。でも質は変わらないし、結局良い物を食べてるか食べていないかと言われたら、食べていないほうに入るのだろう。羨ましかったんだね。彼は。まぁ毎日食べるものだしたまには抜きになってもいいんじゃないかな。贅沢言いすぎなんだよ。あの子は。

 食事時間も終わり、各自の場所に戻される。灰色の子はただ僕をにらむだけにらみ、黒づくめに背を押され自分の部屋に戻されていた。あの子は自分の部屋があるということを味方にまた僕にケンカを売ってきそうだし、何か対策を考えておこう。
 檻に戻されるなり少年たちはまた和気藹々とした空気に戻った。僕はというと5分もせぬ間に扉が開き、「指名だ」と告げられ、食べたばかりだというのに部屋から連れ出されるのであった。

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