小説2

□純粋無垢な愛に酔いしれる
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 はじめて見つけたのは、私が小学生の三年生あたりで、その子は確かまだ赤ん坊の時だった。小さくてもちもちふにふにした感じのとても可愛らしい子。こんなに可愛い子がこの世にいたのかと絶望するくらいだった。大人はその子の母親を取り囲み、大人達は何かを叫んでいるようだった。母親の腕はだらんと項垂れたようになって、ピクリとも動いていなかった。

 しばらくして、その子の名前が決まった。カービィと呼ばれ、皆から愛されていた。私はその頃から剣術学問に縛り付けられ近づく機会が全くなかった。

(カービィ、カービィ…)

 稽古をしながら名前を覚えた。村中の私以外の住民に抱かれ、スヤスヤと眠る姿は私の心の奥底でモヤモヤがずっと渦巻いていた。私も抱き上げたい。触ってみたい。だが、その欲望も私を期待する母と父によって妨げられ、触れることはできなかった。



 この世界の時はあっという間に過ぎる。住民がのんびり暮らすせいなのか否か、時間が過ぎてもまったく気づかず、あっという間に年を取る。それは私にも影響した。私は高校生くらいの年まで成長した(実際には高校には通うこともなく自宅で学習し稽古する毎日だった)。カービィは種族が違うのでよくわからないが、小学校に入ったばかりの少年のようだった。微妙に時の流れが違うらしい。

(小さくてかわいい…)


 カービィはよく公園で遊んでいるようだ。近所の子供と最近は人形遊びをしていることから、きっとそれが流行っているのかもしれない。

(私も何かしてあげたい)

 今まで傍観者のようにして生きてきたわけだから、何かしてあげられることはないかと考える。
 私は暇を見つけておもちゃ屋さんに行き、『バードンのおともだち』という人形を買った。女の子向けのような動物の人形を買った。店員はニコニコしながら私が人形を買う様子を眺めていた。正直とても恥ずかしかった。
 買ったは良いものの、私は困った。カービィとは一度も話したことがない。突然私が人形をプレゼントしても喜ぶのだろうか? あまり自信がない。自信の無さを言い訳に、私は深夜、こっそりカービィの自宅に行き、ポストの中にラッピングしたフィギュアを入れた。

――喜んでくれるのだろうか?

 窓をちらりと見ると、すやすやといろんなおもちゃに囲まれて眠るカービィの姿が見えた。
 私はすぐさま自宅へ帰り、気を紛らわそうと夜通し勉強をした。



 翌日、私は勉強をしながら寝ていたのか、机に伏せっていた。剣の稽古が始まり、外へ出かけた。いつもの公園の前を通り過ぎる時、カービィがいた。その手には、昨日プレゼントした動物の人形を手に持っていた。空を飛ぶような動作をして、周りの少年少女も随分喜んでいるようだ。

(遊んでくれている)

 私は内心喜びに耽りそうになりながら稽古場へ向かう。その日は一段と稽古に打ち込むことができ、力もついたような気がした。
 帰宅し、自室へ戻ろうとしたら父と母の話し声がダイニングから聞こえた。私は悪いと思いつつも、耳を傾けた。

「カービィの家のポストに人形のプレゼントがあったそうよ」
「そうか」
「なんでも差出人もないものだったそうで、悪戯ではないし誰があげたんだろうって話をしてたわ」
「近所の大人だろう。あの子は一人ぽっちだから憐れに思ってやったのだろう」
「それが大人はだぁれも知らないというのよ。誰かしらね」

 それが自分と知る者がいないことに、妙な優越感を得た。私は自室へ戻ろうとすると、「だからね・・」と、母の言葉がまだ続いた。

「私が取り上げて捨てたの」

 耳を疑った。母が? 何故? そんなことを? すぐにダイニングの扉の隙間から目を覗かせ、盗み聞きを再開した。もう悪気などこれっぽっちとなかった。

「最近は人形にカメラを仕込んでる変質者もいるし、やはり誰があげたとか、名前の一つでもないと怖いでしょう? カービィは泣いていたけど、これもカービィを守るためですからね」

 何が守るためだ!!!! 自分の母の笑顔を心底憎んだのは初めての事だった。自分の部屋に飛び込み、私は涙した。カービィはきっと、綺麗で新しい人形を捨てられたことを哀しんでいることだろう。可哀相に、可哀相に。

 私は感情が暴走し、ここから次の日の朝までの記憶を失った。かわりに見たのは母の死体。
 私が殺したというのだが、どうにも信じられなかった。父は金でこの事件の事をもみ消し、何事もなかったかのように日々が戻った。
 私は変わらず稽古に向かう。公園を見ると、友達と人形遊びをして笑顔になっているカービィがいた。立ち直ったのだろう。子供というのは悲しいことがあってもすぐに忘れることが出来るからすごい。
 私は稽古に行った帰り道に、またおもちゃ屋さんに行き、人形を買った。店員は少しはにかんでいた。私はもう恥ずかしいと思わなくなった。
 前回と同じく、また深夜にカービィのポストに人形を入れた。今度のは少し大きい。入るだろうか? 外装が少しシワになったが、なんとか入った。私はまた窓を覗いた。優しく眠るカービィの顔、あ、ちょっと笑った。私は堪らずすぐさま自宅へ帰った。どうにもならない気持ちに支配され、気を紛らわすために手にとった筆を持つが、抑制できなかった。
 私はカービィの寝顔を思い出し、自慰行為をしてしまった。もうどうにもならないような、酷く大きな罪を犯したような罪悪感が心を満たし、全く眠れなかった。


 朝、父から私たちの一族が代々受け継ぐ儀式を行うと突然言われた。不信感に塗れながら、家の外に出る。父は何かを眈々と呟き、己にしていた仮面を脱ぎ、私に渡した。儀式というほどのものではないな、と内心思った。父は言う。

「この仮面は今後人前で脱いではいけない。もうお前は×××という名前ではなくなった。『メタナイト』になった。由緒ある騎士の名に」

 私は家に伝わる儀式に囚われ、素顔を晒してはいけないことになってしまった。少しショックでもあったが、私に見向きする生き物は一切いなかったので、今までの私自体が死ぬのは何と悲しいこととは思わなかった。

(自分たちの都合で変なものを継続させて、おかしな一族だ)

 力や知恵を満たしたとし、もう稽古をせず、全うとした役職について生きていきなさい。と、父は言う。私はもう父に何も告げられることはなく、勝手に別の人格としていきていかなくてはならない宿命を授けられたのである。

 誰にも報告する相手はいない。あまり気にもとめることもなく、ただ普通に公園の前を通った。
 カービィは、また笑顔で私のあげたプレゼントで遊んでいた。大きくふわふわの人形。もう誰にも取り上げられることはないだろう。

(もう会えないのだろうか…)

 素顔のままでも一度も声を掛けたことがないのに…。


 だがこれでいいんだ。

 彼には幸せであってもらいたい。影で守っていてあげたい。



 私とカービィの関係は続いた。私は定期的にポストにプレゼントを入れ、カービィはそれを手に取り、遊び、飾り、大切にしてくれていた。

 時が経ってもうその公園は取り壊され、村の形は大きくとは言わないがかなり変わってしまった。私はある程度権力のある役職につきそれなりに仕事に打ち込んだ。
 カービィは……

「カービィ。これはプレゼントのお花! 受け取ってね」
「わ、ありがとう」
「あはは、リボンちゃんったらまたプレゼント? なぁに? カービィのこと好きなの?」
「え?! そ、そんなんじゃ…」
「あ、あどれーぬ!」

 外見では全くわからないが、女の子にも人気のある程の年頃の青年になったらしい。ついこの間まで小さな赤ん坊だったのに、時というのは残酷なものだ。そして私も未だにカービィに知られてないなんてな…。

「メタナイト殿。隣りの村への伝書をよろしく頼みます」
「…ん、ああ。承った」

 忙しくて最近はあまり傍にいることが出来ないのが酷だ。翼を生やして空を飛んでいく。今日は何もないといいんだがな。



 伝書をさっさと渡し、歩いて村の方へ帰る。道の途中の路地を過ぎようとすると、話し声がした。横目でちらりと見ると、カービィとアドレーヌがいた。二人の深刻そうな表情に野次馬のような、興味が湧いて傍の壁に背を当てて路地からする声に耳をすませた。

「――てことなんでしょ?」
「それはそうだけど」
「ならそれって言ったほうがいいんじゃないの?」
「そうかな。あまり自信がないんだよね…」

 何の会話をしているのだろうか。悩んでいるのはどうやらカービィのようだが…。あの子が悩むなんて相当なものみたいだな…。

「でもそういうのってやっぱ言わないとさ。リボンちゃんも喜ぶと思うよ。前からあたしに相談とかちょくちょくして来たし」
「そっか………。……ん? 相談って…え?」
「あ、…まぁいいか。リボンちゃんもね」

「カービィが好きだってことよ」


 …………………………………恋の相談か。まぁそろそろあってもおかしくない状況だったが。そうか。二人は両想いということなのか。

「え、え。それじゃあ…」
「マァ告白してもまず断ることはないよ。ホラ、何かとリボンちゃんプレゼントアピールも激しかったじゃない」
「あ、そうか‥」
「女の子は男の子から告白されるのを待ってるのが結構多いんだから。言えばイイじゃないの」
「…………………」

「もしかしてカービィさ、今も続いてるプレゼントの送り主の事引きずってたりしない?」
「え、ん…。ま、ね」

 …もしや私の事か。なんだ。カービィの負担になってたというのか?

「別にいいじゃない。名前もなくプレゼントを送り続けてるって、結構ロマンチックだけどあてもないんだよ。今更になって『私があなたにプレゼントを送ってたの!』って言われても複雑な心境になるわけだし、その女の一途っぷりも凄い事は認める。でも…うーん…」

 ……女性と間違えられているみたいだ。マァまさかこんな爺が未だにカービィにプレゼントを送っていたとなると驚きだろうな。しかしアドレーヌの言うことは一理あるな…。

「…アドレーヌ。僕やっぱりリボンちゃんに告白しないよ」
「え?! なんで?」
「僕はやっぱりこのままの関係がいいんだ。3人で仲良くお茶したり買い物行ったりって。アドレーヌも僕はダメなんだよってさりげなく言って諦めさせるようなことを言ってくれないかな。…このままがいいんだ」
「カービィ…」

 友情を優先するのか。きっと一人になってしまうアドレーヌの事も考えてなのだろうかな。私は路地から離れ、とある場所に向かった。
 このままではカービィが可哀相だ。好きでありたいのに友情という壁に邪魔をされてしまうとは。優しいのだか、なんだかな…。
 大丈夫だ。私がお膳立てをしてあげよう。欲しいものが手に入らないもどかしさは私もよく知っている。

 扉をノックすると、小さな羽音がした。扉が薄く開くと、すかさず扉の間に手を入れた。

「はい、どちらさ」

 部屋は真っ赤に染まり、羽はもうピクリと動かなかった。





 深夜…、私はいつものようにこっそりカービィの家の前に来た。寝ているのを確認する。私は真っ赤な箱を、少女のしていたリボンで少しきつめに縛る。
 カービィの欲しかったものをちゃんとポストに入れる。また明日も喜んでくれるだろうか。


 明日の反応も楽しみだ。









好きな人にものをあげるのってドキドキですね


  

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