小説2

□片手にM1903を持った少女が一人
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 今日、呼び出しをくらった。
 アドレーヌにだ。一体何の用だというのだろうか。

 丘を二つ越えた先のちょっと右側に、アドレーヌは待つと言っていた。

(どうしたんだろう…。絵のモデルかな…? だったら、別にこんなどこにでもあるような丘なんて…辺鄙な場所じゃなくてもいいだろうに)

 いや、もしかしたらそれこそが彼女のこだわりなのかもしれない。それを考えたら…致し方あるまい。


 *


 丘といってもそれほど大きなものではない。ほぼ平地というくらい小さい山みたいなのがそこら中にある。どの丘の先なのか、わかりはしなかった。

(説明が足りてないんだよな…ああ、どうしよう)

 丘は砂丘のような形が大半で、以外と斜面が長く遠くに何があるのか、丘が被って見えない。困り果てていると、向こうからサラリーマン風の一頭身男性が二人歩いてきた。そのうちの一人、痩せ細ったサラリーマンは淡々と、小言を呟いていた。

「…も僕も…なんでこんなところにいるんだろう…本当は僕が部長に就任だったのに、あの現部長が僕を蹴落としたんだ。つい最近まではアイツは僕の部下だったんだ。その時アイツは一体なんて言ったと思う?
『一生ソードさんに付いて行きます』ー、だってよ。笑うよな…ハハ…。よく言うよ。自分が部長になれるってオファーが来て、良い成績を得た方が部長になれるっていう…。僕はこの仕事に就いてもう28年だ。彼はまだ2年くらいだった。そりゃ、若くして期待の新人と言われるくらい成績優秀で出た大学も良かったってのもあるが、彼は人脈も僕より幅広くてお得意先の四つや五つ簡単に作れていた。僕は一つどころは二つだってつ…」

 僕は話しかけることもなく、その二人のサラリーマン風の一頭身男性を見送った。
 一人はずっともう一人の平凡そうなサラリーマンに愚痴を聞かせ続けていた。


 *


 本気で参ったと思った。なんで僕はあのサラリーマンに話しを聞きそびれてしまったのかと。
 そういえば呼び出しをくらったが、アドレーヌは肝心の時間を言わなかった。もう来てるかもしれない。はたまたまだ来てないかもしれない。僕は焦りを増しながら、辺りを見回すばかりだ。

 暫くすると、遠くから金髪の美しい女性がベビーカーを押しながら歩いていた、ベビーカーを見る限り、どうやらその女性は母親のようだ。あんなに若くして母になったのだから、自由とはきっと疎遠になってしまったのだろうかと考えつつ、話しかけようとした。すると、ベビーカーの赤ん坊が泣きだした。

「フギャアアア! あああ、オがぁぁああああ!」
「ああ、んもぉ…また泣き出した…」

 女性はベビーカーに手を伸ばし、赤ん坊を抱っこしていた。これでは声をかけられないな…。
 赤ん坊は、まだ泣くのをやめない。

「ウギャアアアア、おぅぅあ…んぎゃあああ」
「何なのよぉ…何? どうしたの? エー…さっきおむつ変えたし…おっぱいもあげたし…。なに? どうしたっていうの? あたし全部したわよ? ねぇ、泣いてばっかじゃわからないの。教えなさいよ」
「ふぎぃぃぃ…うんぎゃああああああああ」
「あああぁ、もう、うるさい! 何だってんのよ! あたしちゃんとやってるじゃない! 何が不満なの? これだから赤ん坊なんて嫌なのよ! 言うこと聞かないし、のろまでグズだし、殴っても言うこと聞かない蹴っても言うこと聞かない。余計に泣いてうるさいだけ! ………あああ! うるさい! 勝手にデキたクセにこれ以上贅沢言うな!」
「フぎぃぃぃぃっギィ!」
「この!このガキが!クソ!クソクソクソクソクソクソクソぉ!!!!」

 美しい女性は折角綺麗に整えたであろうポニーテールを振り乱し、美しい白い肌を太陽に輝かせながら赤子の肌を何度もたたいていた。

「もともとあんたなんか! 出来るはずなかったのよ! なのに! あのバカ男がゴム無しでやろうって言ったのがそもそもの間違いだったんだ! あたしは普通にセックスしたかっただけなのに、あのキザが膣内に出してみたいっていうから…。応えてあげただけなのに…。……突然生理が来なくなって…あんたが出来て…。彼は仕事だとか言って毎日アカンボの世話の手伝いもしてくれない…。偽りだったのよ…。愛なんて…。ベッドの中でいつも「愛してる」なんて甘い言葉囁きながら、結局のところセックスがしたいだけだったんじゃない。…もう嫌…」

 ピンクと緑でできたワンピースが風になびき、僕はただその女性を眺めてい。恋焦がれていたような…。そんな気もする。
 彼女の言葉は耳に入らなかったが、きっと子育てに思いつめた言葉を叫んでいたのだろうか。僕はほかのヒトに道を訪ねようと、彼女の横を通り過ぎた。
 途中横を過ぎる際赤ん坊の首元に手をやろうとしていたのは…なんだったのだろうか。


 *


 しばらく歩くとお城の城下町の方へ帰っていた。いつのまにか円のようにくるりと反転し元来た道を歩いて戻っていたらしい。

(戻ってくるまでにそれらしい人影は見なかったな…)

 仕方ないので僕は城下町に入ってみた。以外とバッタリ会うかもしれないし。

 少し歩いたところでだ。青年が店から飛び出してきた。
 そのあとを店の人が素早く出てきて、青年に羽交い絞めしていた。

「こンの…! 泥棒がァ!」

 子供は必死に抵抗し、逃げようと暴れる。野次馬が集まり、逃げ場を失っていた。

「あぅっあぁあぁあっっっ!ごべんなばい!ずびばぜぅ…えっぐぁっ…ア…!」

 僕くらいの灰色の青年は顔を鼻水と涙でぐしょぐしょにし、許しを乞いていた。

 左手には小さなミニカーを持っていた。

「馬鹿やろぉが! ごめんもひったくれもねぇ! 泥ぼうっつぅのはな! 最初から謝る気のねぇ塵虫のやることなんだよ! 今更謝るな! おい! 誰かこのガキの親はいねぇのか! いねぇなら電話でもいいから呼んでくれ! それと警察!」
「あああああ、あ、おお願いします! 家に電話しないでください! お金…お金なら……あ、明日なら払えますから」
「電話するなぁぁぁ?! こんのクソ坊主! 死ね! お前みたいなゴミは死ね!」

 店の人は青年を殴っていた。青年は馬鹿みたいに泣いていた。
 あのヒトは、僕と同じくらいの年なのに事の重大さがわかっていないのだろうか。心は小さいまま大人になったと…どうしてそうなったのかは知らない。

 僕は商店街を通り抜け、青年の泣き声が聞こえなくなるところまで歩いて行った。

 また丘のある方に出た。参ったな…。アドレーヌ、もう待ちくたびれちゃってるかな…。
 そんなことを考えていると、小さな物置のようなボロボロの小屋を見つけた。小屋の入り口の前のけもの道で、まだ幼い少年がきょろきょろあたりを見回していた。…賭けるしかないか。

 声をかけると、目のパチクリした少年はこちらを振り向いた。簡単なアドレーヌの特徴を話し、どこに行ったか知っているかと問いただすと、少年は北東方向を向いた。

「その人はあっちに行ったのサ。それくらいしか知らない。ココとおるのあまりいないから間違いないのサ。

 ところでオニイチャン…」

 少年の大きな目は僕の目をじっと見つめていた。

「灰色の体の兄ちゃん見なかった? 僕の兄ちゃん、ぷれぜんとのミニカー買ってきてくれるって言ってから、まだ帰ってこないのサ。
 僕の兄ちゃん、オニイチャンが来た道の方に行ったんだけど、合わなかった?」

 僕は、返す返事がなかった。なんと言おう…。言おうにも、「君のお兄さんが君のプレゼントを万引きしてるところを見ました」なんて…そんなこと、とても僕の口から言えない。
 戸惑いながら、少年の目を見ていた。

 「…ン? お電話だ。オニイチャンかな?」

 ベル音とともに少年は嬉しそうに、走って家に入って行ってしまった。僕はとても恐ろしくなり、逃げるようにアドレーヌの行った方向へと走って行った。

 ***

 暫く走っていると、アドレーヌの姿が見えてきた。アドレーヌも僕の姿を見つけ、にこやかに笑っていた。

「来てくれたんだ」

 怒った様子ではない。それよりはずっと笑顔で、楽しそうな雰囲気を出していた。

「ねぇ、カーくんはどう思う?」

 どう思うって…なんの事だろう。

「自分より年下が成り上がる世界、母親の幼児虐待、子育て疲れの世界、ろくな勉強も受けられないで成長できずに子供の感情のままの世界。
 …悲しい悲しい。これが現実」

 アドレーヌは何を言っているのだろう…なんだろう…。何だ……。

「不憫だよね、悲しいよね、報われないよね、切ないよね、苦しいよね、嫌だよね、怖いよね、ああなりたくないよね?」

 アドレーヌは僕に向かって銃を突き付けていた。引き金を引いて、ダン。と音を鳴らした。

 僕が何かを言う前にアドレーヌは僕を銃で撃ちぬいていた。そんな…血が…如何して…?

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!! カーくん、こんな世界ヤだよね! あたしもヤだよ! ねぇねぇねぇねぇねぇ一緒に終わらせようよ! あたしたち二人の頭ン中からここが消えたら絶対この世界は終了すると思うんだ! …カーくん、まだ息してる? ごめん、ごめんね…一発で苦しませずにつぎの世界に逝かせてあげようと思ったのに…辛い思いさせちゃったね。安心して

 今度ははずさないから  」

 アドレーヌは再び銃を構えてにんまりと笑っている。僕は身の危険を感じ、最初に撃たれた部分を押さえながら丘の上を横に転がり、咄嗟に逃げだした。アドレーヌの小さな「あ」という声と共に銃声と銃弾が、僕の元居た位置に撃ち込まれた。
 さっき撃たれた場所だけでも熱くて、気を抜けばその場で倒れてしまいそうだった。

 誰でもいい…医者…だめだ…ここからだと遠い…。アドレーヌ…そのことも考えてこんな遠くに連れてきたんだな。

「カーくん…? どこ行くの? ダメだよ。そっち行ったらカーくん死んじゃうよ。カーくん死んだらあたしと一緒にこの世界終わらせられないじゃん? ダメだよそんなの…。ネェ、カーくん………」

 アドレーヌは銃を針の秒針程度の速さで僕に撃ってくる。狙いが定まっていないのか、ぎりぎりのラインで当たらない。
 僕がホッとしていたときだ。
 向こうから泣いて目を晴らした、あの女性と、さっきまで騒がしく泣いていた赤ん坊が優しそうな顔で“眠って”ていた。

「…………カーくん、見なよ。さっきのクソビッチだぁ」

 アドレーヌは女性に銃を向けた。よりにもよって、あの女性に…。

「カーくん、あいつは駄目だよ。躰しか使えないアバズレだよ。赤ん坊なんかどうでもいいんだ…あいつは死ねばいいと思うな。カーくんもそうじゃないの? いいんだよ? 自分に素直になっても…」

 僕は傷口を押さえ引き金を引こうとするアドレーヌより先に女性の方へ走った。ダメなんだ。ダメ。あのヒトを殺しちゃダメなんだ。ダメだ…!

「逃げて! フ」

 女性の名前を言うが前に僕は銃に撃たれた。意識が吹っ飛ぶ。アドレーヌは女性を仕留めそこねたという悔しさより、僕を銃で殺したということに歓喜していた。

「カーくん、良かった…。こんな女をあたしの銃で殺したくなかった…あたしの為に、変な血で汚したくなかったんだね? やさしいなぁ、カーくん…。ふふふ…この世界はもう終わるよ。あたしが…すぐに…」

 アドレーヌは自分のこめかみに銃口を当てて脳味噌を吹き飛ばして死んだ。僕の意識がなくなりだしたころ、僕がどうしてか守ろうとした女性に、抱えていた赤ん坊を投げ捨てて抱き上げられた。…あの赤ちゃん…虫みたいに潰れちゃってる。………アド…君の言ったことは正しかったというのかい?

「カービィ…! カービィ、ゴメンナサイ…ごめんなさい………ぁぁぁぁぁぁっぁ…」

 女性の涙がどうしても汚く感じてしまう。彼女は僕が、いつかどこかで知った女性だというのに…。

 名前も思い出せないなんて…。思い出せないなんて…。彼女は僕の名前を知っているのに…僕は思い出せないなんて…。

 僕も…酷いヒトの一人なのかもしれない








 問題:悪いのは、どちらなのでしょう



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