小説2

□手を叩け。足を鳴らせ。声を吐け。
1ページ/1ページ






 コツン



 …今日も来た。また、今日も来た。



 コツン。こつん。



 僕は、いつ解放されるのだろう。
 もう何時からずっと…ここにいるんだろう。



 コツン



 足音が止まった。部屋に入ってくるんだ…。やだな。嫌だな。にげたい。よ。

 扉の重たい、錆びた音がする。嫌なおと。砂をかじるような音がする。ジャリ、ザリ?みたいな。

「カービィ、おはよう」

 昨日も聞いた同じ人物の声がした。僕はこのヒトに対して挨拶を無視したことがない。むしろ、できない。

「お、オハヨウ…」
「ん〜? なんか元気ないね? まぁいいや。
 あ、昨日はお疲れ様〜! とぉっても上手に出来ていたの‥ェホッ、ん、んー。…大分体の部位がわかってきたみたいだね。どう? 感覚つかめた?」

 そうだ…。僕が最初に捕まってここに連れて来られた時も…最初は本当に怖かった。怖くて怖くて仕方なかった。…今も怖いよ。とっても怖い。

「…僕は…ああいうのしたこと…ないから…。…今後も…上手になっていく…自信…ないな…」
「とかナントカ言いつつも既に12人殺してるのに何言ってんの?」

 12人…? 僕が…このヒトに言われるがままにやった行為で…既に…12人の命を奪っているの…?
 突然冷たくなる声、相手の声だけで、目からの情報は一切ない。僕は、目隠しをされている。目隠しは黒い皮のようなもので出来ていて手で引き千切ることが出来ずに、僕ずっとこの目隠しをとることもなく過ごしてきた。ゆえに、犯人の姿はわからなかった。

「誰を殺したのか…知らない? 知らないよね。だって、君が殺す子達はミィンなボールギャグっていう…SMプレイとかで見る口枷をしてもらってるんだ。そしてミィンなみぃ〜んな、キミの名前を呼んでやめろと叫んでる。覚えてる? んーんーんーんーうるさいアノ声。ぜんぶの音色がカービィ! カービィ! って聞こえるんだ。今度耳を澄ましてみてよ。…ここまで言って分かったと思うけどサ、キミが殺した12人、全員キミの知り合いだよ? オドオドビクビク、キミが斧を振りかざして殺したとき、キミのお友達は涙をとめどなく流し、キミに対する期待も消え、人形みたいに動かない虚ろな目で後はどこか遠いところを見つめる。…あ、でも例外もいたね。…ある女はずっとよだれを垂らしながら僕を睨みつけて、ずっとずっと延々とブーブー喚いてたの…ん゛んっ、…たね。右手を君が切った時は、すっごくカワイソウナくらい涙を流してた。その子は絵描きになるのが夢みたいでサァ…名前は…アドレ」
「ごめんなさいッ! もうやめてください!」

 歯がカチカチとなる。まさか…そんな…そんな…。

「…こんなことをするなんて…僕に恨みがあるんですよね? お願いです…皆を傷つけてたなんて…ましてや…仲間を…!
 僕はもう誰も殺したくありません…お願いです…許してください…僕を殺してください…」

 僕は泣きながら許しを請う。泣いたって殺したヒト達を生き返らせることなんてできない。呪い殺されてもいい覚悟があった。
寧ろ呪い殺されないと…嫌だ。

 僕の話を聞いた誘拐者は小さく笑って、冷たい手で、僕の頬をギチッと掴んだ。生温かい、血生臭い吐息が僕の顔にかかる

「じゃあ最後の“舞”をしろ。いいかい? お前の運命は僕が握ってる。お前を生かすも殺すも僕の気分次第。お前が僕の捉えた最後のイケニエを見事美しく、綺麗に殺したのなら考えてやらなくもないの…ッエホ、…さぁ、どうする? この条件を飲むか? 飲まないか? これをすれば後は僕の気分次第ではキミを開放するかもしれないし、この地下で一生飼い殺すかもしれないぜ?」

 このヒトのゲスさというか、性根の悪さが目隠し越しに見えてくる。きっと今にやにや笑って僕がこの条件にイエスを唱えることを期待してる。…最後の舞。あと一人…最後の一人を僕が…我慢して殺せば…僕はもう誰も殺さなくて済む。僕は死ぬことの選択ができる。飼殺しと言っても結局は死ぬことが出来るんだ。

「…分かったよ。でも…約束は守ってね?! これが最後だって…」
「分かっているの…けほっ、僕が満足するような殺しを、楽しみにしているからサ? よろしく頼むよ。
 …じゃあ、行こうか」

 …行く? 待って、なんでもう用意されてるの? …まるで…最初から準備されていたみたいに…。

「…何を食いしばっているのさ。さぁ、おいで」

 頭を掴まれ、体が宙に浮く。冷たい、尖った爪が食い込んで痛い。血が出るかでないかの瀬戸際ぐらいの力加減なんだろうけど…。



 コツっ…コツン、こつん。



「いい痛い痛い。痛い…!」
「…〜♪」


 コツン。



 のんきに歌を歌ってる。ぶらぶらと浮いたまま、こつんこつんと足音を鳴らし、廊下であろう場所を歩いている。

 あ…いやだ……!

 昨日も嗅いだこのニオイ…血の匂いだ…。もうすぐあの部屋につくんだ。ぞわぞわした感覚に襲われ、逃亡したい気持ちに襲われる。ここの臭いはダメだ。何度嗅いでも嫌なんだ。嫌だ。嫌だ。

「…! ンーッ! ンンーーーッ!」

 鎖の絡まる音と僕の名を呼ぶ声がする。誰なんだろう…誰? わからない、わからない…いったい誰…。

「ちょっとダマれよぉ、五月蝿くて仕方のない奴だ…。…フケケ、おやおやぁ?」

 誘拐者は僕を放し、地面に落とした。ひんやりした床。石かセメントかで出来た質素で、無駄のない床は、血をよく染み込んでこの部屋の臭いをさらに充満させる…。
 …ギチギチ、身を掴んでいるような、音がした。

「・・…ッ! フー、フ――ーっ…!!」
「よだれ塗れにして…ああ汚い汚い。…それでもあんた……………かよ?」

 ヒソヒソ声でイケニエのヒトに話しかけている。聞かれてまずい事でもあるんだろうか?

「……さぁ、カービィ。そこに立って。…そう、そこ。
 それと…ほら、キミ愛用の斧だよ。
 じゃあやってみようかぁ?」

 声の主は僕に立つ位置を誘導させ、そこに立たせる。…12人の命と血を吸った斧を僕の手に握らせてきた。
 イケニエのヒトにあわせてなのか僕の今立つ場所は階段みたいになっていて、少し高くなっている。きっとこの立ち位置も、僕がずっと立ってた場所なんだ。この辺りはぬかるんだ感じで、若干ザラッとしてる。その中で一角、今僕が立つ場所はぬめりもざらつきもない、さっきまでたってた床と同じくらいひやりとした場所。僕の足の形に合わせて、血の形が出来ているんだ。僕はいつもこの人たちを殺す時、怖くて怖くて、一連の流れを終えるまでそこから退くことがなかった。
 同時に、この斧もそうだ。この斧が顔も見えない知り合いの体の骨を砕き、血をまき散らして殺していってしまったんだ。何が愛用だ。こんなことがしたくて僕は斧を持ったんじゃない。誰も殺したくないのに…。最初に…このヒトが…殺さないと僕を殺すって言うから…ネズミを殺すだけだよって言ってきた。

 僕はその時からずっと騙されて殺して殺して殺して殺して殺して

「ンぅ゛ーーー! ヴーーーー!!」
「五月蝿いなぁ…」

 イケニエのヒトの声でハッとした。…そうだ。殺さないと…いや、でも…。

「カービィ、殺さないのかい?」

 少し気の抜けたような声。どうしよう。どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・!

「…もう、仕方ないなぁ…」

 僕の手から斧が浮き、無くなる。見えないものだからその場であたふたしていると、ゴチュっという変な音と一緒に断末魔の叫びが目の前から飛んできた。顔に、数滴ばかりぬるい液体が飛んできた。

「あ”ぁああぁあぁ”あぁぁ”あぁあぁあぁあぁ”あぁあ”あぁあぁあ”あぁぁあ”あぁ”あ”」
「よいしょ…はい、今脚切ったからねェ。あとは任せるの…ゥフン、ね」

 僕の手元に斧が戻ってきた。このヒトは…この目の前の僕の知り合いの足を切ったという。

「もう、あとには引き返せなくなたね。このまま彼は足のない不自由な生活を送る方が幸せ? それとも…」 

 僕はその場で震えていた。ただただ震えていた。多分、今もこの時も、苦しんでいるんだ。血が止めどなく流れて、痛い思いをしているんだ。そうだ。僕がこの斧でこの目の前の人を殺せば…このヒトは苦しみから解放さえる。そうだ…僕が悪いんだ…早く、楽に、してあげないと…

 斧を大きく振りかざす。叫び声は消え、静かな息と、荒い息が聞こえていた。

「…ごめんね…ごめんね…!!」

「……〜〜〜〜〜ッ?!! ん”んんん”んんんん”ん”んん”んん”んん”!!!!!!!!」

 え、な、何を叫んでいるの? なんで?

「カービィ、きっと君は優しいから…心臓でも切って楽にしてやりたいと願って力いっぱい振りかざしたんだろ?
 でもザンネン★ 君がさっき切ったのは奴の右腕…。さぁ、早く心臓を破壊してやんないと、痛くて痛くてそのヒトが可哀相だよ?」

 そんな…。そうだ、言われたとおりだ。早く殺してあげないと…早く…。早く…!

「………っふぅ!」

ドシュ

「フッ…?!!!!」
「ああ・・・、左手首」
「ッ…ぁああああああ!」

 べキ

「ハァッ……!! ・・・!」
「お・・・、あ…なんだ。左足。これで両足無くなっちゃったね。
 もう死ぬしか幸せなことはないんじゃないかな?」
「ァ…、待ってね…早く…早く楽にするから…早く…早く…!」

ドス ダン バきっ…

「・・・・・・・・・! ・・・・・・・・・・・・・!!」

 声が聞こえなくなった…どうしたんだろ…死んでしまったのかな…。

「………か………びぃ………」

「え・・・?」「・・・!!」

 突然声が聞こえた。あ…もしかしてさっきのバキッという音は…ボールギャグの布が切れて…?

「カービィ、早く殺せ!」
「カーび……、かわいそ…に…私を殺してると分か…ず・・・
 は……・ァ゛・……っぅ・・・・・」

 どこかできいた・・・なつかしいこえ・・・ああ、だれだっけ・・・だれだっけ・・・・・・・・・?

「………カ〜ビィ…? 聞く耳なんて持つんじゃあないよ。今まさにそのヒトは苦しんでいるよ? …かわいそうなのはそっちだっていうのにね? さぁ、カービィ、お殺り」

 あ…そうダ…このヒトは…僕のせいで苦しんでいる。早く…殺さないと…

「うあああああああああああああああああああああああああああああ」








                       
「はいはい、上手に出来ましたぁ〜」

 息を切らして斧を強く握ったまま、刃先を地面につけた。声の主は僕の背後から声を出し、カチカチと鳴らしていた。

「本当に上手に、よくやったね。とっても素敵だったよ」

 パキッという音とともに、目元が緩んだ感じがした。目隠しが、やっと、少しずれる。視界が…ぼやける。

「デデデもシャドーもマホロアもリボンもアドレーヌもギャラクティックナイトもフームもタランザもダークメタナイトもドロッチェもゼロツーもダークマターもみぃんな死んだ。そして、今君が殺したこのヒトも…」

 左目から見えた世界は赤くて淀んだ、飛び散った臓物もそのままある汚くて臭くて、とてもずっと生き物が生きていられるような世界ではない。そんな中で真ん中にポツンと、足枷と腕枷を嵌めて鎖に繋がれ体を仰向けにされた人がいた。体は真っ赤で、体の部位は切り離されて、胃が、心臓が、あちこちに落ちていた。

「キミは悪くない、ああ、悪くない。殺したのはキミ、提案したのは僕。二人の共同作業は悪くもなく、許されるものでもない曖昧なものだったんだ。おかげさまで邪魔者はいなくなった。もう、キミの知り合いはいなくなってしまった…」

 左眼だけが見る世界は信じられないというか・・・偽物であるべき世界だった。これを現実と認めたらいけないもの。僕はダメな気がした。すぐに死なないといけない。僕は生きていてはだめだ。死なないとダメだ。死なないと…皆に許しを請わないと…!

「だぁ〜め」

 あの冷たい手が僕の両目を覆う。優しく、左目はわざと隙間ができるように僕の目を覆った。あ…良く見えてきた…。

 ・・・このひとは・・・あ

「言ったでしょ? 僕の気分次第ではキミを開放するかもしれないし、この地下で一生飼い殺すかもしれない。…って。
 アレは嘘♪ 邪魔者がいなくなった以上、キミはここから出ることもないし、助けを求めても誰も助けが来ることがない。…皆の魂と臓物と過ごすことは可能。良かったじゃない。キミは、一緒に皆と過ごすことが物理的に出来るんじゃない?」

 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
 この目の前の『物体』が信じられない僕はただガタガタと震え、水に濡れた子犬のように脅えていた。

 ぬっと、僕の左側から顔を擦り付けてきた。ゾッとした。それでも僕は目の前のその死体から目が離せなかった。
 仮面が…割れてる…。

 すると残ったこのヒトは…誰だ。誰だ! 誰だ?!

「でも、この中で唯一キミを抱きしめることが出来て、君を愛することが出来て、キミを守ることが出来るのはこの僕だ、け」

 長い舌が目の前に出てきて、右の頬を舐めてこう言う。

「これからはずぅっとずぅ……ッと一緒  『 なのサ 』

 愛してるよ。カービィ…」








サイトの中できっと一番長いSS
 それと、自分のお気に入り



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]