小説2

□好奇心は猫を(も)殺す
1ページ/1ページ







「マルク、マルク、君は道化師だ。道化師はヒトと口を利いてはいけないよ。口を利くと君には罰が与えられるからね」


 僕は昔から魔法使いにこう言われて来た。いつからだったか、魔法使いにこんなことを言われるようになった。
 魔法使いは蜘蛛男にも同じようなことをいった。


「タランザ、タランザ、君は蜘蛛男だ。蜘蛛男は雌に媚びてはいけないよ。雌に媚びてしまうと君には罰を与えられるからね」


 僕達はまだ幼かった。言葉の意味など到底理解できず、てきとうに自己解釈し、小さな家の中で住んでいた。

「どうする?」

 蜘蛛男はニヤついた顔をして部屋の隅でこそこそ僕に話しかけた。

「どうするも何も、行くなと言われたらサァ…」

 僕らは顔を見合わせ、笑いあった。
 魔法使いは毎日4時間、ローアの整備や物を売りに行っていた。最近は新しい物を買ったらしく、前聞いたのは確か…クリスタルなんとか…だったか。それに対応するように作り変えているそうだ。そのせいでいつも以上に帰ってくるのが遅い。

「行くっきゃないね」
「でも罰ってなんだろうかネェ」
「気にしてられないのサ。タランザだって、外の世界が気になるんでしょう?」

 蜘蛛男は何個もある手を顎に当て、少しの間悩んだ。五秒経って、にまりと笑いながら顎に当てていた手を解いた。

「いこっか!」
「その言葉、待ってたのサ」

 今から出て魔法使いが帰ってくるのは恐らく三時間。ちょっと考えるのに時間を取られ過ぎてしまったらしい。
 僕たちは難なく外に出ることができた。





 外の世界はとても明るかった。部屋の照明灯は実はとても暗かったんだと二人は思い知り、野原の草の匂いを堪能して回った。

「見るのサ、これが花なのサ!」
「これが木というものなのね!」

 道を進めば進むほど、初めてに遭遇する。僕達は感動し、何故魔法使いは今までこれを隠していたのか。少し恨んだ。
 少し遠くへ来たのか、森の中へと入りこんでしまった。

「さ、あとの1時間半は何をしていよう」
「え、もうそんな時間なのサ?」

 時を忘れ駆けずり回っていると、残る自由時間はあと少しとなっていた。正確にはあと2時間だが、家に帰ることも考えると、そのくらいしかもう時間はなかったのだ。

「じゃあ自由に行動するのサ」
「そうなのね。いいね、そうしよう」
「1時間半後にはちゃんと家に戻ることなのサ」
「わかってるのね」

 あっさりと決め、僕達は颯爽と自由行動に移った。でも、僕は何をすればいいのだろう。 
 当てもなく途方にくれながら道なりに進む、遠くへ行ってるのか、離れてるのかも実をいうと全くわかってない。良いんだ、魔法使いにさえバレなかったらそれでいい。
 僕は森の中から葉と葉の間から見える空をじっと眺めていた。気が風に揺れると、他に見える綺麗な青空が、絵本より本当にきれいなんだと思い知らされる。

「ね、今日はとってもいい天気だよね」

 とても小さい声で、うん。と呟いた、暫くして右を見る、見知らぬ子がいた。その子も空を眺めていた。…見知らぬ、どこから来たのか分からない子。

W道化師はヒトと口を利いてはいけないよ。口を利くと君には罰が与えられるからね。W

「!!!!!!!!」
「ぇ? わ!」

 ビックリして僕は飛び跳ねるように後ろに後ずさった。心臓が高鳴る、なんだ? 誰? どこから来た? 僕と蜘蛛と魔法使い、全てに似ない違う姿…。これは…ヒト?

「びっくりしたなぁ、どうしたの? 突然後ずさって」

 ピンクのまん丸ボールが僕に話しかける、どうしよう、胸がどきどきする、冷や汗が凄い。

「あ、突然話しかけちゃったから驚いたのかな。この辺りでは見かけないけど、最近この村に来たの?」

 優しそうな少年だ。ああ、話をしたい。話をしたい。
 でも、僕は魔法使いに…。

「…………………」
「…あ、もしかして声かけてほしくなかった? あは…、ごめんね。僕は行くよ」

 少年が背を向ける。ああ、どうしよう、行ってしまう。
 ここで声をかけないと、もう二度と会えなくなるような。そんな気がして、内心とても焦りだした。でも、魔法使いからの言いつけ…いいや、気にしていられない。

「ま、待って!」
「え」
「僕はマルク! えと、き、君は?!」

 少年は暫く不思議そうにこちらを見ていたけど、ちょっとしてこんな僕に笑顔を向けてくれた。

「僕はカービィ。よろしくね、マルク」

 カービィと僕はあっけなく、簡単に友達になれた。外の世界に出て初めてできた交友関係に、僕は本当に幸せでした。

「へぇ、今まで家に…」
「うん。僕の友達がへんてこな決まり事を作っちゃうもん、よけいに探究心がくすぐられて外に出たくなっちゃったのサ」

 カービィは、こないだまで仲良くしてたっていう友達を探しに森に来たらしい。その友達は暫く会えなくなるよと言ったっきり、この森から出てこなくなったそうだ。
 まぁ、そのいなくなってくれたお友達のおかげで、僕はこうやってカービィに出会えたわけなんだし、ちょっとかわいそうだけどその友達に感謝しないといけないね。


 *


 彼と森の中で様々な外の世界の話を聞いた。なんて楽しいんだろう。ずっとこのまま一緒に居られたら楽しいのに…。

「あ、いけない」

 カービィが何かに気付いたように、空を見渡した。

「ん、どうしたのサ」
「今日別の友達とご飯パーティーだったんだ。あ、良かったらマルク? も一緒に来る?」
「え?! あ、い…、………」

 言いかけたところで、僕も空を見た。

 ――夕暮れ。

 もうすぐあの魔法使いが戻ってくるだろう。僕は絵本で見たパーティーに興味があった。行きたかった。でも…。

「ごめんなのサ。 僕、もう時間でサ、すぐ帰らないといけないのサ…うう、またここで会おう! さよなら、カービィ!」
「あ、マル…」

 僕は自分のわがままを押さえ、森の中を駆けだした。ずっとずっと真っ直ぐに。
 森を抜ければ玄関前で蜘蛛男がキョロキョロしていた。僕の姿を見るなり、蜘蛛男にある沢山の腕があらゆる体の場所を掴んですぐさま扉を開け、すぐさま家の扉を閉めた。

「お、遅いのね! どこほっつき歩いていたのね!」
「…そ、そんな必死になってどうしたのサ?」
「…マホロアが家の裏40メートル先に居たのね。ワタシはずっと前に家にいて、それを窓から見てさ、まだその時マルクが帰ってなかったからあわてて外出て周りを見てたら、やっと君が来て…」

 玄関の扉が開いた。僕達は開いた扉に振り返る。ニッコリ笑顔の魔法使いがいた。

「どうしたのォ? 二人とも、仲良くそんなところで庇いあってェ」

 庇い…? 僕は蜘蛛男にずっと体中掴まれていたのに改めて気づき。醜い化け物の羽を生やして押し退けた。

「…なんでもないのサ」

 僕は部屋に戻り、壁を背にしてうずくまった。


 *



「…マルク」

 蜘蛛男の声が聞こえ、そちらを振り向いた。すっかり部屋は真っ暗で、姿が月明りで薄っすら照らされるくらいであまり表情が曇って見えなかった。

「マホロアはもう寝ちゃったのね」

 ヒトの布団に軽々と飛び乗り、窓の外を眺めていた。

「…外に出たこと、後悔してるのね?」

 後悔は…していない。でも、僕は正直、カービィには会わなかったらよかったのではないかと思っている。僕は彼と会ったせいで、何かこう、キラキラした恐ろしいほどに綺麗なものが、僕の荒んだ内側に宿ってしまっているのが、どうにも嬉しく、憎らしいからだ。

「ワタシはねェ…出てよかった。だってね、ワタシ蜂の女王様と友達になってね。我が儘だけどとっても優しいヒトに会えて嬉しかったのね。明日もまた会おうね。って約束もしちゃったのね。友達が出来ちゃったんだもの。どんな過酷な罰を与えられたとしても後悔するなんてことはないのね…」

 …この男は素直なヤツなのサ。とても尊敬するよ。

「さ、マルク。もう寝るのね。いつまでもそこでふさぎ込んでるんじゃあバカみたいなのね。むしろ何でふさぎ込んでるのね…。ワタシは自分の部屋に帰るから」

 蜘蛛男は部屋から出ていき、自分の部屋に戻って行った。僕は布団へそのままもぐりこみ、目を堅く瞑った。



 *



「やぁ、カービィ」
「あっ………、…あ、マルク…だっけ。こんにちは」

 カービィは森の木陰に座っていた。僕を待ってた…ってわけではなさそうだ。やっぱり森に消えた友人を待ってたのかな。…そんなことはいいや。いずれそんな友人なんて忘れる。そうに決まってる。

 僕は今日もカービィと話をいっぱいした。飽きられないように、惹きつけるように。
 カービィは始終笑顔でいてくれたけど、あまり目を合わせてくれなかった。




 魔法使いに隠れて会うのが何度かあった。僕は僕で、蜘蛛男は蜘蛛男でそれは充実に過ごしていた。


 また外へ出て15回目、カービィに合った。


「やぁ、カービ‥」

 カービィは木陰で寝ていた。なんでこんなところで寝てるんだろ。起こすのも悪いし、傍に座ろう。

 木の葉がざわざわと揺れ、草のいい香りが漂ってきた。

(カービィは何の夢をみてるんだろ。こんな綺麗なとこで寝てんだ。きっと素敵なものを見ているんだろうな)

 僕も目を瞑り、木の音を聞いていた。あー。ずっとこのままだといいのにな…。



「もし…」

 誰だろう、声をかけてきてるのかな。

「その方とあなたは…友人ですか?」

 やっぱり僕に声をかけてるようだ。誰だろう、後ろから声をかけてるのかな。

「うん、そうなのサ。可愛いでしょ」
「ええ、本当…」






「可愛い寝顔だねェ…ねぇ〜マルクぅううう?」



 変なアクセントに体が瞬間的に反応し、僕は目をガット開き、声がした方に向いた。こんな真昼間なのに妙に影のこもった表情と、笑顔に背がゾッとなった。

「ま、マホ…」
「ローアの整備は昨日でおしまい。モウ自分で自動で整備してくれるようになったんだァ。
 …そんな事よりも…」

「マルク、マルク、きみはつみをおかしたね。ボクとのやくそくをやぶってくちをきいてしまったんだね」


 魔法使いは優しい口調でゆっくりと言う。一瞬、どこか悲しそうだった。

 どうしよう??? 冷や汗が止まらない。それどころかどんどん汗が溢れてくる。

「マホ、ロア………」
「君にはとても辛い辛い罰を受けてもらうヨ。どんなに許しを乞いてもボクは耳を傾けることはできないヨ。君は道化師だから。ヒトを笑わせるためだけの子だから。化け物だから。それ以外は何にもしちゃいけないヨ」

 魔法使いは僕を横目に、カービィの前に立って頭を撫でた。目を覚ましたカービィは魔法使いを見て、僕に会う時上に良い笑顔で魔法使いに飛び込んだ。

「マホロア!」
「よし、よし。カービィ、君はいいこだねぇ。ボクはもうお仕事はないから、これからずぅっと一緒にいられるヨォ」
「本当? ずっと?」
「ウン、ずぅ…っと」

 ????? どういうことだろう。何故、魔法使いはカービィを知ってるんだろう。なんでこんなに仲がいいんだろう。だって、カービィは僕のモノなのに。だって、カービィは僕の友達なのに。だって、カービィは僕以外知らないのに。

「マルク」

「それは君の幻想だよ」
「カービィは英雄だ。キミと違って友達がいる。キミと違って宇宙を股にかけてる。キミと違って仲間がいる」
「カービィは君と違って一人じゃないんだ」

 僕はポカンと間抜け面で魔法使いを見ていたことだろう。どういうこと、僕は、これまでカービィと一緒に居たのはなんだったんだ。結局罪を犯しただけだというのか? そんなの酷い、残酷だ。僕は、僕は…。

「マルク、キミへの罰は、カービィを奪うこと。いや、返してもらうこと…カナ。マァどちらにせよ、あんまりダメージなさそうだし、これくらいキミにはどうってことなさそうだねェ…」

 どうってことある…。なんで、僕は…こんな、ことに…。

「マルクぅー」

 遠くから声がする、僕はそちらを向いた。笑顔の蜘蛛男がいた。手の上に大きな女王蜂がいた。あ、そういえば今日蜘蛛男に女王蜂がどんなヒトか見せてといったっけな。

「…あ、マ、え? マホロア…???」
「タランザ…」

「タランザは? ダレにも媚びてない?」

 蜘蛛男は体を跳ねらせ、すぐさますべての手を後ろに隠した。

「…マルク、何か知ってるぅ?」

 蜘蛛男の方に顔を向けると、蜘蛛男は震え必死に手の上にいる女王蜂を隠していた。手の上の女王蜂はとても不安そうにこちらを見て、蜘蛛男に応えるように後ろへ後ろへと隠れていた。

「それは……………」

 蜘蛛男は涙目で言わないでくれと必死に訴えている。


 どうする。

 もし僕が言わなかったら二人は…僕とカービィがそうであったように、ずっと幸せになれるんだ。
 何故蜘蛛男だけ?
 何故蜘蛛男だけ?
 何故タランザだけ?
 本当は僕が幸せになるんだったんだ。
 そう、僕は運が悪かっただけ。
 もし、同じ場所で同じ状況だったら、ここに立ってるのがタランザだったら?
 きっと僕があのタランザの立っているところにいたのかな。
 恨めしい。
 タランザが僕の立ち位置を奪ったんだ。
 蜂なんかに気をとられたタランザに僕の大切なヒトを奪われたんだ。
 ずるい、ずるい。ああ、ずるい。

「まぁほろぁぁあ〜」

 僕ばっかりなんで? 幸せになりたかったのに、ずっと遊んでたかったのに。
 くらべてタランザはずっとあの蜂と遊ぶんだ、こんなやつとの友情なんか知らない。裏切り者には制裁を。

 僕は顔を上げた。

 僕はこの時どんな顔をしていたのだろう。魔法使いはにんまり厭らしいほどの笑顔で僕の顔を眺めていた。タランザは汗を垂らし、挙動不審な身振りで息を荒げ、焦っていた。

 カービィは僕を冷めた目付きで眺めていた。








無駄にダラダラ長いだけの失敗作。
そろそろ私も潮時かな…。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]