小説2

□※蝶は去ません
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 ……………………………………………




 ………………………、………



 ……………?


 …ん


 眠い……。


 目が覚めてぷぁぁと欠伸をする。

 ああ、昨日どんちゃん騒ぎをしたからかな。頭が痛い、や。
 旅が終わって02倒して…それから…

 そうだそうだ。その夜は宴が開かれたんだ。お酒飲んで、唄って、躍って…それから…

 で、眠たくなって…それから…

 …それから……


 ………駄目だ。思い出せない。そのまま寝ちゃったのかな。

 しかし、ここはやけに冷たいな。それに身体がだるい。フツカヨイ…かな?


 …ン

 冷たい…な?

 寒いな、じゃなくて?

 起き上がろうとすると一斉に四方からガシャァァンと重く高い音が鳴り響く。それに両腕両足が上がらない。起き上がれない。え? でも、背中に何かが密着してるってわけではない?

 ……吊るされて? る?

 部屋は暗がりでよく見えなかったけれど、よく見たら鋭く尖ったガラスのようなものがたくさん刺さって見える。巨大なものから小さなもの、はっきりとは見えないが。僕を中心に周りの針が全て向けられている。

 【いつ?】眠っているうちに襲われた?
 【誰に?】02は生きている? それともその部下?
 【どこで?】宴の席? でも、そこにはリップルスターのヒトたちも…まさか…
 【なにが起こった?】…それは……



 何にせよ、早急に気づけてよかった。培った経験のおかげかな…。
 しかし、不気味なところだな。ここは…。薄っすら見えるのだが、このガラスの先みたいなものが自分に向いているからだろうか。あんな鋭い切っ先がどこを向いてもこちらを睨んでいるし、…暗闇だからとても恐ろしいのだろうか。

「か、ビィ………?」

 それは唐突に、静かな空間に小さく、消えそうな暗い地位なさ声で聞こえた。僕はそれを聞き逃さなかった。

「誰…っ? 君は? いや、誰でもいいよ。お願いがあるんだ。僕を」
「カービィなの? カービィ…、カービィ、…助けて…助けて…?」

 …、ん? 僕は…助けを求められたのかな。声の主も同じように捕まってしまっているのかな?

「ごめんね。僕は君を助けてあげることはできないんだ。誰かに四肢を鎖で繋がれて自由に動けなくなっているんだだから」
「苦しいよぉ…、うう、う…助けてェェ…ッ、吐きそおぉおおおお…ッ、苦しイィィィイ……ッ!!!」

 苦しい? 捕まってない? どういう事? 声の主はどうなっているのだろう? どういう状況なのか、イマイチわからなくなってきた。

「カービィ…! カービィ! カービィ! アアアアアア!!!! お願いいいいい!!!! 助けて! 助けてよおおおお!!! オカシクなるるるる!!! 頭が、いた、アアアアア!!!! アハァァァ!? 駄目ダメダメ! 溢れる! 気持ちが! 溢れる!溢れてしまう! イァアアあアアアアアアッ????!!!!」

 ものすごい速さの呼吸音と叫び声が途端にピタリと止まる。バタッと小さなものが落ちたか、倒れる音。状況は未だに掴めない。
 ずるっずるっ…と引きずる音がする。部屋の中が少しずつ、月明かりのように薄く、淡い青と紫の光に全体がうっすら照らされる。
 目の前に倒れていたぼろ雑巾。壊れたメガホンのように叫んでいた人物は、そこにいた。

 僕がリップルスターを救うきっかけになった、リボンちゃん。でも、そのリボンちゃんの体に黒く、怪しげな靄のようなものがまとわりついてるように見えた。

「…リボン…ちゃん?」
「…………………………………………」

 返事がない。まさか…死んじゃった? 何でリボンちゃんがこんなところに…。

 もゾッと
 芋虫のように、ぐっと蛹のように体を起こして固め、僕を正面に、光合成のように薄明かりを浴びながら、翅をバッとひろげる。

 リボンちゃんの翅は、真っ黒な、どす黒いなにかに色が染まっていた。

「リ、…リボンちゃん…? 羽が……?」
「かーーーーーーび? あのっね? ね…、…………………?」

 小声でブツブツ何かをつぶやいている。けれど全く聞こえない。目はうつろでどこを見ているのかわからない。ほんのりでも光が差しているというのに目に光が全く宿っていないその姿に僕はこれまで一緒に旅をしてきた仲間―というより、また別の化け物のような敵のような、そんな気持ちに襲われた。
 恐ろしいが、何をぼやいているのか本当にわからない。恐る恐る聞き直してみることにした。

「エッ……? なんて言」
「聞こえないノォォォぉ??? かかかーびぃい?????? あのね? あのね? 駄目なのっッ? 身体にね。身体にね。悪いものがね!? お姫様にね!??? ついてたものガァッ、ねェ?? 私のね? 身体に! 躰に!? 入ってね? 悪さしてるの! ね? 言うこと聞かないの! 意識あるんだよ! ただね? 躰が、身体が、ね? ね??? わかるでしょオォ??? もうね、モウネ? おかしいの? 頭がおかしいの??? カービィが、宴ノォ? 席でええ! ここから、帰るって、聞いて、黒いのが! 入ってからぁ! ほんのーの、まんまに、身体が、動いちゃうの??? 返したくないの!? 還したくないの? そう考えたら、頭の中の、管の奥の、おっきいところから。どぷどぷどぷどぷ、て、あふれて、脳みそを、いっぱいにして、穴が開いて、そこからどんどん大きくなって、穴がぶちぶち開いて、ぐんぐん開いてって、ドボって、出て、グジャあって、溢れて、どろどろどろドロドロドボって…?
 抑えらんないの。くるしいの。こんなことしたくないよ?? でも言うこと聞かないよ? 本当はしたいよ? 建前だけだよ? 嫌だ。いやだぁ! 大好きなの! カービィが。私は、一緒に、一緒に。一緒に! ずっといてよ! なんでリップルスターなんて救ったの!?!! カービィのそばにいられなくなるじゃないの!!!! あんな、こんな星ィイ! モッカイ滅べ! 敵が来い! 女王なんて殺されかけてしまえッ! そしたら…そしたら…また、私は、カービィと……カービィの側に…」

 ………リボンちゃんは息を荒くし、涙をダラダラ流し、ニヤニヤとほくそ笑みながら僕の目をギロギロと睨みながらそう説教垂れている。
 結局自分の意思で動いてるのか? 動いていないのか。さっぱりわからなかったけど、相当苦しんでいるみたいだ。
 僕をこんな目に合わせたのはリボンちゃんで間違いはないという事だけど…。とりあえず、逆鱗に触れないようにそっと宥めて…何とか外してもらおう。

「り、リボンちゃん…君の言い分はわかったよ…。辛い思いをしたんだね…。じゃ、じゃあ、しばらく帰らないよ。そばにいてあげる…。でも、僕もポップスターを守らないといけないから…」
「アンタぁ…私を操られてるだとか。狂ってると思ってるんじゃなぁい?
 じゃがましいわ! 操られてなんかないわよ! 黒いもの? 気のせいじゃないかしら? 私は素直ォォな気持ちであんたと会話してるってんのにナァんでそんなこと言われなきゃいけないわけぇ? 勘違い男! ヒトを勝手にバカにしやがって! 見下しやがって! オホホホ…あははははははははははッ!! 失せろ! どっかに行けェ! 犬の餌になって死ね!」

 雄叫んで終わったとほぼ同時に鎖が焦げ切った灰の様に分散し、僕は硬い地面の上に叩き落とされた。なるほど。足元をよく見ていなかったけど、地面には水晶がないんだ。これは一安心した。
 ともかく、今はどうにかなってしまっているこのリボンちゃんから離れないと。おそらく言葉の意味通り彼女は黒い靄に操られているんだ。アドレーヌを、デデデを、ワドを呼んで…この子を助けてあげないと。
 打ち付けた体の痛みを我慢しながら立ち上がり、蹲って呻いているリボンちゃんを尻目に出口を目指す。

 そういえば…
 こんなにリボンちゃんが叫んだりしているのに誰一人来ないなんて…ここはどこなんだ? 旅をしているは間にありとあらゆる場所を把握していたと思ったのに、こんなところは見たことがない。始めて来た。
 そもそも、出口はあるの? いやいや、リボンちゃんがここに連れて来たんじゃないの? だったらあるでしょう。

 自問自答を重ねながら水晶の中をぐるぐる回る。



 ……。

 ない。出口なんて、どこにもない。     僕は半ば焦りながらリボンちゃんに近寄り、早口で、少し怒鳴る様に部屋の出口を訪ねた。

「リボンちゃん…。君が、僕に対して部屋から出て行ってって言ったんだよね? 失せろ、って。僕はこの部屋から出たい。でも、出口がどこにあるかわからないんだ。ねえ? 教えてくれるよね………?」

 僕はハッとした。しまった。という、言葉が浮かんで出た。なぜか危険な雰囲気を感じた。間違えた。失敗した。焦りが出る。変な汗が伝う。


 リボンちゃんの羽はもう黒すぎて黒すぎて。

「…誰が出て行くのーぉーおー?」

 リボンちゃんの周りの黒い靄が散りばめられる様に好き勝手に部屋を舞う。
 半笑いになりながら目をガン開き、よだれと鼻汁涙を流しながら

「ねぇ? 私がいつ出てけっつった? ヤダよ! なんでどっか行くの? ずっと一緒にいてって! 冒険をしようよおおおお? もう平和だからしないの? ねぇ? もっかいリップルスターが壊れたら助けてくれる? また一緒にいてくれるの? ねえ、そうなんだよねぇ? そうなんだよね!? そうだよねえええ?????!!!」

 まさか…この子…こんな、僕と旅をしたいって理由で…まさか…?
 僕は意を決して…恐る恐る訪ねた。

「リボンちゃん…? 君は…外の人を…どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、殺したよ。
 なんかね、真っ黒が入ってから急に力がいっぱい出て来てね。みんな昨日油断してるしお酒飲んで弱ってるもんだから…私みたいなちっちゃい体でも簡単にみんなペラペラの紙みたいにぺちゃんこにしたりしてね。簡単だった。私、この黒いのは天使の様に見える。この星はまた、ダメになった。ダメにすることができた。だから、また私は私の好きな人と冒険に出れるのが、とっても嬉しいの。今度は二人旅。でもきっと楽しいと思」
「それで正しいと…思ってるの?」

 リボンちゃんはキョトンとして、僕の顔を見ていた。見た目は今まともそうだけど、中身は全くまともじゃない。
  
「君のやってることは悪役のやることだよ? それよりも外道なのかもしれない…。僕は君を倒さなきゃダメなんだよ? 冒険どころか、君は…、君は…」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!! 煩い!煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩いっ!!! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿いーーーーーーーッッッ!!!!!」   

 空気が揺れ、体がふわっと浮き出す。黒い粒子が僕の体を持ち上げている。壁の水晶がぐらっと揺れるのが見えた。

「リボンちゃん…っ? リボンちゃん! やめて!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 水晶が飛び出し、僕の体を貫く。血を吐き出す。痛みが、熱い。熱いっ!      
 水晶が、クリスタルがまだまだ僕をめがけて飛んでくる。目に、口に心臓めがけて飛んで、全て体に突き刺さる。僕という原型がどんどん崩れる。元がどんな形なのかわからなくなるくらい、まだクリスタルが飛んでくる。高い金属ばりの音が響く。


 ある程度クリスタルが"僕"を中心に固まったところで、クリスタルはもう飛んでこなくなった。
 色とりどりのクリスタルの球はそこでふわふわ浮かんでいた。
   
「ぅ…ぅぇえーーーーん」

 リボンちゃんは突然、無邪気な子供が駄々をこねるかのように両目いっぱいに涙を垂らしながら、必死に。悲しそうに。泣き喚き、"僕"の入ったクリスタルに対して怒っていた。

「何で? カービィ、私とお話ししてくれないの??? ひどいよぉ! ひどい! ぅえぇええーーーーんっ!」

 消えていく意識の中で、これほど理不尽な事はないなと…、冒険することも、一緒にいることも、話すこともできなくさせた張本人を笑って、僕は死んだ。







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