ひゅぅーんって、落ちた。 痛かったような? 聞いたこともないような音がしたような? ひぃふぅと息をするのがやっとで、口から黒くてドロッとした粘り気のあるものが出たり、戻ったり。 吐いても吐いても黒い液ばっか出るから、半分絶望してた。意識だって、もやもやしてた。 でもそこへ! 現れたんだ! 「君! 大丈夫? …ひどい出血だ。足も変な方こ…折れてる…」 靄のかかった視界の中、その子は突然現れた。ピンク色の背景が目立つ中、誇張するように蒼ぉいものが二つ。 ぼくは興奮した。そのとき、何故かすごく興奮した。息が乱れ、何度も空気を吐き出し、呼吸が急にピタッと止まった。息が全くできなくなっても、心臓がどくどくと脈打ち、ぼくの高鳴りはやまなかった。 「君! ねぇ、君! 息してない…、…………っ、…ごめんね!」 ぼくの口にはまだ黒いどろどろの何かがいっぱい溜まってる。それに構わず、その子はぼくに覆いかぶさり、口の中の黒いのをすべて吸い出した。その間も息はできない。でも、興奮だけはどうしても収まらなかった。 口から黒いものを地面にベッと吐き出し、また僕に覆いかぶさりズルズル黒いものを吸い出す。それを二回ほど繰り返した。 その子は少し冷や汗をかきながら動かなくなった。 その斜め下からの絶景は最高だった。口元が真っ黒になりながら、光の加減でちらちら赤く光り焦げ、少し困った表情の中汗が一滴したたり、太陽がずれて顔がほんの少し陰っていて…。 『なんて美しい姿をしているんだ!』 と思った!!!!! その子は、はっとした顔をしてまた覆いかぶさり、今度はぼくに空気を送り出した。瞬間ぼくは勢いよく咳き込み、残骸程度の黒い塊をべちゃべちゃと吐き散らし、その子にも吐きかけた。でも、その子は全く嫌な顔せず半分泣きかけたような表情で次第に笑顔になっていった。 「よかった! 血を吐き出せたんだね! …あ! ワドルディ! 救護隊を呼んで! 空から、*ち、…、**つを……、………」 痛みのある場所がドクンドクンと脈打って聞こえる。でも、ぼくはこの痛みを耐え忍び、絶対に生きないといけない『目標』を見つけた。でも、少しだけ眠ろう。 息がしやすい。あああああああ、なんて嬉しいんだ。あああ、見つけた。やっと、見つけた…。 *** 「容体は?」 「安定しています。骨折部分に当て木もしてありますし、気道も十分確保できています。これもカービィの応急処置のおかげです」 突然プププランドの上空から現れた男をカービィが助けたという情報を聞き、私は救護室に足を運んだ。そばに血まみれのカービィが座っており、私は少し仰天の声を上げた。 「カービィ!」 「あ、メタナイト…」 「お前、血だらけじゃないか…! この男と衝突したのか? ケガをしたのか?」 「メタナイト様。カービィがこの男に口に溜まった血を吸い出してる際に血塗れになってしまったんです。カービィは、何もケガしてませんよ。容体を見たいとのことなので、敢え無くこのスプラッタな状態のままで特別に許可したんです」 「だからって患者がふとした時に目が覚めて血塗れの男がいたら失神するだろう。カービィ、水浴びをしてきなさい」 「でも……、はぃ」 カービィは駆け足で部屋から飛び出していった。相当男の容態を案じているようだ。 私はそれよりも…気になることがあった。 「この男は空から来たというが…身元はやはり分からないのか」 「そうですね。捜査隊もどこの種族かわかっていないようで、なにせ多種族が共同して住むのがここプププランドですから、紛れても分からないですからね」 「外来したからには気を許すわけにはいかないな…もしかしたら侵略者かもしれない。檻に入れるのが安全だと思うが…、…カービィが助けたというのが厄介だな…」 「彼はお人好しですから、そんなことをすると知ったら相当悲しむでしょうね」 少し頭を抱えながら考え込む。カービィにとってありえないと思うが…助けずにそのまま死ぬのを見届けて欲しかった。それか彼の知らぬところでこの男が落ちてくれれば一番楽だったのだが…。まぁどちらにせよありえないことを言っているが…。 この男の力は未知数だ。旅行者のようには見えないし、放浪者のようにも見えない。全てが微妙すぎる。眠る姿は穏やかだが、起きたら何をするか正直わかったものではない。臆病だと思われていい。それほど、この男が怪しく、油断できない存在であると伝えたかった。 「いっそ」 不穏な表情をした医者が目を伏せながら呟いた。 「今、『事故死してしまった』ら…いいのでは…ないでしょうか」 医者にあるまじき発言をした。だが、それは心からの発言ではないことはわかっていた。彼は私の目を見ず、ただ耐え忍ぶかのように斜め下に目を背け、眉間にしわを寄せていたからだ。 それをわかっていて、私は便乗するかのように「事故死か」と呟いた。 「…このコンセントを抜けば、生命線である機械を止め、死ぬのだろうか」 「………わ、私の足が…引っかかってしまったのです…っぅぅぅぅ…ッ!」 どうやら…その通りのようだ。 これを抜けば今維持している生命活動を強制で遮断することが出来る。 危険な芽は早く抜いてしまわないと。いつ毒花が咲き乱れるか分からない。医者は背を向け、ガクガクとも震えている。 私はそっとコンセントを足で引っ張る。線が張って、力を入れれば今にも抜けてしまいそうだ。 カービィには悪いが、これもこの星の為だ。戻って来る前に始末しておかないと…。 「」 ふと、男の顔を見ると、目がぎょろりと開きこちらをじっと見ていた。 「ひッ…!」 驚きのあまり後ずさり、足にかけていたコンセントの紐から離れてしまった。 「………………」 「目、目覚めた…ようですね」 医者はどこかホッとした様子で、男に駆け寄った。男はキョロキョロしながら、医者に体を見られている。 「折れていた足が殆ど治っている…。まだ1日も経っていないのに…」 ブツブツ呟きながら不思議そうに男の治りかけの体を触診していた。…どの道、このコードを抜こうが抜かまいが死ぬことはなかったというわけ…なのだろうか? ため息をついていると、ペタペタと廊下から足音がし、カービィが帰ってきた。 「メタナイト。言われた通り体を洗ってきたよ」 「そ、そうか。…よく、綺麗にしてきたな。偉いぞ…」 カービィの頭を撫でながら、チラッと男の方を見る。男は変わらずぼーっとし、キョロキョロしていた。 しかし、二度ほどこちらを見たとき、男はやっとカービィの姿に気づいた。顔を少し赤らめさせ、ニンマリと口角を上げ、目の尻もぐっと上がり、ゾッとするような気味の悪い笑顔。男はベッドから飛び降り、折れたと言われていた足をバタバタ鳴らしながらこちらへ近づいてくる。私は愚かにも、ついその気味の悪い笑顔にたじろぎ、カービィを置いて横へ逃げてしまった。これも、すべて間違いだった。 置いていかれたカービィはふと頭を撫でてくれていた主の姿を探そうと顔を上げる。が、目の前にいたのは道化のような見た目をした自分が助けた男だった。 「あ…? あ、君…え? 歩けてる? というか走った…」 男は息を荒げながら、目と鼻の先のカービィをその気味の悪い笑顔でじっと見つめていた。私は情けないほど身体が金縛りにでもあったかのように動けなくなり、カービィの名を呼ぶことも助けに行くこともできず、ただ目の前の気持ち悪い光景を見守るしかなかった。 「あ、あなだが…助けてくれたっ…!!!!!」 男はカービィにそう一言大声で訪ねた。目玉が落ちそうなぐらいガン開き、口からは糸を引いたヨダレをダラダラと垂らしている。さっきまでの優しそうな寝顔が嘘のようだった。 「そ…そうだよ。君、空から落ちてきて…その…多分足が折れてたと思うんだけど…助けようと思って…」 「おおおおおおおおおっ!!!!!!」 男は涙? を一筋流しながら、足が短いがひざまづくようにしてカービィを犬のように息を荒げながら見つめていた。 「ぼくっ…あなだのようなヒトを探しでた!」 「空を泳ぎながら! ズゥトズゥトズゥット!!! 探してたぁぁぁあああああ!!!」 男からずるっと金色に光る腕が現れ、カービィの体を蛇が巻きつくかのように抱きついた。私はその間も全く動けなかった。 「あぁぁ…『キュウセイシュ』サマ…。もう離しません…」 男の翼がギチギチと鳴り始めた頃、まやかしから解かれたように私の体は紙風船のように軽くなり、カービィから男を引き剥がした。 * 「あれは恐ろしかったな」 「外来生物ですもの。恐ろしくないわけがありません」 アレとの出会いから数週間が経つ。 まぁ、別の時に詳しい話はするとして、簡単に語るとしよう。 男の名はマルクという。後遺症が残ったのか、元からなのか。同じ言葉を幾度か繰り返したり、舌ったらずに濁点をつけて喋る障害者のようなやつ、と、私の中で定着した。 マルクは宣言通り、カービィから片時も離れなかった。寝るときは同じ布団でないと嫌だとダダをこね、私が横に座ろうものなら全身から血を流してでも阻止してくる。私のことが嫌いというのもあるのだろう。最初に引き剥がしたのがまずかったのか…私の姿を見るとぎょろぎょろしたあの大きな眼で私を蔑むかのように睨んでくる。 「ですが、メタナイト様…。明日にはその心配ももうなくなります。気をつけて忠告をなさいますよう…」 「ん、…あぁ」 私はマントを風に泳がせながら、カービィの家へ向かう。万が一の小刀を懐に入れて… |