小説2

□比較的最近のハナシ
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 突然視界が闇に包まれた。強烈な痛みが走った瞬間目を閉じ、虫が体を這う最悪な夢を見た後目を開けたら、薄暗い部屋でよく知る顔が二人笑いあっていた。

「やっぱマルクは…、あ、起きたみたいダネ」
「ン? ぁー、やぁ。正義のヒーロー、カービィ君。ヨォク眠れたのサ? くくくくく」

 ヒトがどんな夢を見たかもしれないでとんでもないことを聞いてきて…。とりあえず起き上がろうとしてみる。

 が、動かない。体中が強烈に痺れたみたいに動かない。

「…………ッ」                
「喋りたくても痺れて痛くて口を動かせないんだロォ? 悪いな。ちょっとしびれ薬を過剰に入れすぎたみたいなのサ」

 とんでもないことをしてくれて…。逃げようにも体が言うことを聞かない。目の前の二人は悪巧みでもしていたのか僕を前にしても変わらずクスクス笑い続けている。
 
「安心しろよ。殺しはしない。さすがにボクもそこまで卑怯な性格はしていないサ」

 その『そこまで卑怯な性格はしていない』奴は金色の手をにゅるにゅる伸ばして鋭く光る注射器を懐から取り出し、軽く押し出して中身の液を少し押し出す。
 明らかにそれを僕に注入するとはわかった。だが、恐怖心に駆られ「それは何?」と声は出せずとも口を動かして問いただす。

「ぁん? …?」
「タブン何ソレって言ってるんじゃないノォ?」
「あー。成る程な。
 コレはなぁ、日頃のストレスだとか、眠気だとか、痩せないだとか…くくく。そー言う悩みをこいつ一本で解決しちゃう素敵なお薬サぁ…」

「世間一般じゃぁこいつの事は…『ドラッグ』だとか『覚せい剤』だとかぁ…言われてるけどナァ…」

 やはりと思ったが…! マホロアの手には色とりどりの錠剤を摘んでる。
 暴れたい! 逃げたい! とんでもないことに捕まってしまったと心底絶望した。叫び声をあげたい! 殴りたい! 体が言うことを聞かないのが憎くて仕方がない!!!
 マホロアが僕の口を掴んで開かせる。手を噛みつこうにも力が強すぎて口が動かない。噛むだけなのに! 噛むだけなのに! 

「ハァイ。いい子だネェ〜。あーーーーーーーん」

 口に三粒ほど錠剤を投げ好まれた。僕の心臓が高鳴る。恐怖で。恐怖で!! 飲み込まないし、飲み込めない。だけど、唾液で少し、少しと溶けて行くのがわかる。恐怖でしかない。怖い。怖い!!

「カービィは良い子ちゃんだからそう言うのは当たり前に飲んだらやばいってちゃんと認識してるんだな。偉い偉い。でも、こっちはどうやっても抵抗できないから、安心して取り込まれるといいのサ」

 マルクは僕の腕を優しく持って細長い注射針を刺していく。体の痺れはまだきれないの???? いつになったらこんな嫌な気持ちから逃げれるの???
 口呼吸をハッハッハッと繰り返す。動けない。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいっ!!
 液体が体に入っていく。勢い良く。ものの数秒で全てが注入された。僕にとってはそれが走馬灯を感じられるほどに長く遠い時間に感じられた。

「………あ"」
「あ、喋った」

 唾を飲み込んだ。からだをむくっと起こし、不思議な高揚感に胸が踊った。

「マルク…ふふ、どうしよう。どうしよう。とても気分がいいんだ。すごく気持ちが軽くってさっきまで悪い予感がいっぱいしてたけど、そんな気持ちも消えてしまったよ!」
「そうかそうか。だロォ? 意外と怖いと思ってたものは案外悪いもんじゃないのサ。今はなーにも考えずに、この気持ちのいい気分に酔いしれて入ればいいのサ」
「ソーダヨォ。別にこの調子だったらもう一回とかならないだろ? これ切りコレ切り。さ、歌でも歌って今日は楽しく過ごそうヨ!」

 楽しい気持ちも合わさって僕はその日マホロアと延々歌ったり踊ったりしていた。マルクは横でにこにこと笑っていた。


 ―別の日。僕はどうしても疲れていた。あの高揚感がなくなってからテンションが低い日が少し続いた。またあの元気な気持ちになりたい。覚せい剤だと、非合法的な薬だとしても、それで気分が良くなりたい。でも僕の立場的にも、言えないし言いたくない。僕らしさが消えたような気がしてならなかった。

「カービィ。なんだか塞ぎ込んでるネェ。どうかしたノォ?」

 マホロアが笑っている。僕はこんなに気分が悪いのに、対してマホロアは楽しそうなのがすごくイライラする。

「別に…」
「別にって、なんだよォ?」

 マホロアは笑いながら懐から色とりどりの薬を取り出し、僕の目の前で見せびらかす。

「!!!!!」
「カービィ。もしかしてェ、こいつが欲しいのカイ?」

 悔しいが、欲しい。あの高揚が欲しい。欲しくてたまらない。それが目の前にある。目の前に。手を少し伸ばしたら取れる。取れるけど、僕は涎を少し垂らしながらその色とりどりの薬をじっと見る。

「マー、落ち着けよ。言うことさえ聞いてくれれば、こんな薬、いくらでもやるカラさ。別に前払い制でもいいんだケドぉ」

 前払い、と聞いた途端僕は手の上にある薬に貪るように手ごとしゃぶりついた。悪魔に魂を売ってもいいほど、気持ちの歯止めが効かなくなっていた。
 マホロアは僕の頭を撫でている。ああ、薬が効いてきたのかな。すごく気分が、だんだんと良くなってきた気がする。

「マホロア、マホロア。とても気分がいいよ。ぁぁ、すごくふわふわ、して、あ、悩みが、消えてく感じがするぅ…」

 マホロアは含み笑いをしながら僕の頭を撫で続けていた。僕の体を起こし、そのまま僕の手を引いて銅色の綺麗な扉を開いていた。

「カービィ。カービィ。このまま気持ちいいことをしてみよう? どんな気持ちになるか、気にならないカイ?」
「え? 僕は今も気持ちが良いよ? これ以上どんな気持ちのいいことがあるの?」
「これからわかるヨォ…」

 僕はマホロアに手を引かれ、そのまま扉を閉められた――。


 ***


 あれから一週間二週間経った。ボクとマホロアは相変わらずクスクスと笑っている。 

「ケッコー稼いだのサ」

 金貨袋を辺りに転がし金色に輝くコインをジャラジャラといわせる。

「やっぱりカービィって見た目がかわぁいーから顧客がヨォくつくネェ」         
「積年の恨みを持った奴も屈辱できるからって買うバカも沢山いるし…サ」
「シャブ漬けだから…ククク、シャブ漬け…ッ! ばかみたいに喘いだり欲しがって。面白いったら仕方ないヨォ!」

 ボクらが笑ってる横で、一人、息を切らしている、かつてヒトだった者がいた。

「あ"っ…、苦しィィイ…っ。マルくっ…マホロア…ネェッキモチィッお薬が…ホシィッ、ィッ、ィッ…ッ!」

 ある程度稼いだし、コッチも十分楽しませてもらった。  

「最近締まりが悪いンダヨネー」
「確かにアナがガバガバだって言われてるな…。それで少しずつ客も離れてってるし…マンネリ化が進んでるのサ」
「使えないヤク中の世話なんて見きれないしねェ…」
「お願いッ! なんでもするからッ!! オクスリィ…オクスリィッ!!! あれがないとッ! ないと死"ん"じぁ"ぁあう"う"う"う"う"ぅ"ぅ"ぅ"ぅっ!!!!!!!」

 お互い相談しあった。ボクは正直もう使い心地も悪いし要らないかな。と思い始めていた。あとはマホロアの判断に任せる事にした。                

「そろそろ飽きたし、もう潮時かもしれないネェ〜」

 清々しいほどの笑顔でそう言った。一瞬静かになり、次の瞬間には何かが切れたようにギャァァァァと大声を上げて叫び声を上げはじめた。  

「あ"ーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!! オ""ック"ッッス""ッリ""ィイィィイイイイイイッッイッイ!!!!! はヤグ! はぁぁヤぁグゥウうううううう??!!!!!!!!」
「あーもう!! うるさいナァ! モーおクスリなんて無いヨ!」
「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 禁断症状で発狂して高い声がキンキン頭に響く。面倒臭い。
 マホロアが『それ』と相手をしている間にボクは後ろで注射針を取り替えていた。太い針に取り替え、空に注射器を翳し、プランジャーを引いて空気をいっぱいにした。
 そしてボクは『それ』に向かって殴りかかった。今までギャァギャァ騒いでたがこの一打で鈍い音が響き、ピタッと声が一瞬止まった。その隙に腕を抑え、柔い腕にその太い針先を勢いよく刺した。

「?!!?!〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」

 声にならない叫びをあげ、だが自分に太いながらも注射針を刺されたことを確信すると、『それ』は半笑いになっていた。プランジャーを勢いよく押し込み、大量の空気を血管の中に注入する。

「あっ、あッ、あッ、ありがと…スゴっ…♪気分が良くなってき」

 先入観でクスリを注入された気持ちになってたのか途中まで半笑いだったが、急にめまいを起こしたかのようにぐらりと倒れ、その隙に針を抜き、空気をまた補充して、なるべく心臓に近い動脈に向かって差し込み、空気を送る。これを後二、三回繰り返した。
 『それ』はすでに動かなくなっていた。痙攣もしなければ息もせず、口からよだれを延々ダラダラと流し続け、さっき刺した注射の後から血がゆっくりと流れ出している。

「やっと静かになったのサ」
「これでおクスリは欲しくならないネ。よかったネ! カービィ!」

「風邪薬に栄養剤。麻薬に覚せい剤はあの最初の一回きりだっつのに、よく騙されて欲しがってたのサ」
「気分が良いって言いだした時は流石に面白すぎたネェ。プッククク…栄養剤が効いたダケなんじゃないノ? って言いたくて仕方がなかったヨォっ! ぷぁハハハハハっ!!」

 マホロアはゲラゲラ笑い転げ、倒れた球をバンバン叩いて苦しそうに笑っている。叩くたびに『それ』はブビュッブビュと口から粘液を押し出し、吐き出している。
 まったく、メチャクチャ性格の悪い奴なのサ。

「まぁ、風邪薬と栄養剤でごまんと便所穴としてつかうことができたんだし、ずいぶん安上がりで遊ぶことができたのサ」
「ふふ…、アァ。それもソーだネェ。次もこンくらいチョロい奴を引っ掛けることが出来たらいーンだけどネ〜」      
「次は………あー、明日リボンって奴がカービィの様子を見に家に遊びに来るらしーから、その時を狙って捕まえるのサ。雌の妖精でちっさいから、虫捕り網でも買っとくのサ」
「妖精…フフフ。どういうフーに壊れていくか、見物だネェ」

 まぁ、ボクも大概ヒトのことは言えないけどサ…。




 了



thank for ぶるふぇん。

 

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