小説2

□血塗れ→泪まで
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 カービィが事故をした。
 それはワープスターと隕石の衝突によるものだった。
 宇宙を軌道に沿って走っていたにもかかわらず、不意にどこからか飛び散った星のかけらが時速何百キロの速さでワープスターに激突し、そのまま地面に落っこちたようだ。落っこちた、なんて生易しいものじゃないのだろうけど、運ばれた病院に駆け込む。

「カービィがここに運ばれたって聞いたんですけどっ!」

 ガラスの扉を殴るように開き、病院の中だというのに大声をあげて中の看護師に尋ねる。自分が取り乱しているという自覚はある。でも、落ち着いていられるような状況でないことも理解して上での行動だった。

「他の患者さんもいるので、お静かに願いますか?」
「でもっ! カービィが…っ! …………わかりました…」

 私は看護師に促され、待合の席に座る。少量の患者が私を好奇な目でジロジロ見て次々と診察室の奥に入っていく。その患者をかいくぐるように、奥の方からメタナイト卿とその従者が現れ、「メタナイト卿!」と大声を発してしまった。それに対して看護師はキッと私を睨み付け、つい目を背けた。

「…フームか」
「メタナイト卿、カービィが…」
「ああ、私もそれを聞きつけて様子を見に来た。
 …が、まだ容体が悪く、面会を拒絶された」
「………」
「だが、命に別状はないそうだ。『100%生きている』という保証を付けてくれた」
「…! よ、よかった…」
「それより…きょうはもう帰って休んだほうがいいんじゃないか」

 ほっと胸をなでおろし、やっとほのかに笑むことができた。全力で走った所為で体はくたくた。髪もセットしたのにぼさぼさで、足には泥がついている。でも、このメタナイト卿の言葉を聞くまで自分がこんなになっていると気づかなかったことに少し驚きを隠せなかった。

「そうみたいね…。そうさせてもらうわ。ありがとう、メタナイト卿…」

 私はそのまま病院を出て家に帰ろうとする。その後ろでメタナイト卿とソードとブレイドがひそひそと何かを話している姿を見て、何となく彼らが嘘をついているような気がした。だが嘘じゃないという気も、何となく感じ取っていた。


 *


 家に帰るとブンが飛びつくように私の前に立ち止まった。

「ねぇちゃん。カービィは?」ブンは隠れた前髪の向こうから涙目に尋ねる。
「命に…別状はないそうよ」

 多分…と聞こえるか聞こえないかの音量で少し呟く。

「そうなの? ケガとかは? どんな状態なの? 退院は?」
「ちょ、ちょっと! そんなに聞かないでよ…私も見たわけじゃないから」
「見たわけじゃないって…どーゆーこと?」
「先に来ていたメタナイト卿から聞いたの。メタナイト卿も面会を謝絶されたみたくて…そう言われたんだって」
「……」

 ブンは何か言いたそうな顔をしている。私はそれを無視して、広間の方へ向かう。

「あら、お帰りなさいフーム…どうしたの? 泥だらけじゃない!」
「…ん……」
「とにかくシャワーでも浴びなさい」
「ん…」

 生返事をしてシャワールームに言われるままに向かうことにする。髪をほどき、変なことを考える。『生きている保証をしている』ってどういうことなのか、だ。詐欺師みたいな言い方をするものだからなんだか癪に触ったのかもしれない。でも、それは嘘でも事実でもないような気しかしなかった。

(メタナイト卿は嘘をついてないわ)
(でも、何かを隠している。何かを嘘をついている)

 近いうちに明らかになるとはわかっていても、心の奥でなぜかモヤモヤが晴れない。今すぐ真実を知りたいという、変な衝動に踊らされる。辺りを見回してみるが、やはり変わらない自分の住む城の一角。何も変わらない。変わらないはずなのに、すごく大きなことがぐにゃりと変わってしまったような気がする。

 …バカね。私らしくない。不確定で曖昧な言葉を多用するのは私らしくない。もっと確信めいたことを考えるのに、今日は変だ。また数日経って様子を見に行こう。そうすれば、きっとこの胸につっかえた大きな結石も取れることだ。私はシャワーを浴びるために、扉を閉めた。


 *


 数日経って病院に向かう。すると、何やら病院の前でもめているような風景が広がっていた。デデデとメタナイト卿が、野次馬を囲ませて何か大声で言い合っているように見えた。

「なんでワシが面倒を見なきゃならんのだぞい!」
「元はと言えば、貴方が妙な魔獣を呼び出してカービィをワープスターに乗せなきゃいけない状況を作り上げたことが原因だ。罪を償うべくして城の中で療養するしか」
「嫌ぞい! わしは悪くないぞい! わしは魔獣を散歩させようと思っただけで別にワープスターに乗って来てくれなんて一言も言ってないぞい!」

「ちょっと! 貴方たち何を言い争ってるのよ!」

 人混みを割ってメタナイト卿とデデデの間に入る。二人の目が合った瞬間、ドキッとした。まるで睨むかのような鋭い二人の目つきに、ついたじろいでしまった。

「…そうだぞい」

 デデデはぐふふと汚い笑い声を上げ、解決の糸口を見つけたように余裕の笑みを浮かべる。

「こいつだぞい。こいつしかワープスターを呼ぶことができんぞい。フームが悪い。フームがカービィをあんな目に合わしたんだぞい」
「………彼女はまだ子供です。彼女に何ができるというのですか」
「知らん! オムツでも哺乳瓶でも点滴でも与えさせることができ、世話できることは全てやらせればいいぞい! それに今、メタナイト! お前認めたな? フームが悪いと認めただろう? 乗せたのはフームだもんな? フームが悪いもんなぁぁ?」

 これ以上にないくらいゲスな顔を浮かべてメタナイト卿にニヤニヤ笑い続ける。メタナイト卿は沈黙している。
 デデデがのしのしと歩いて来て髪の毛を引っ張りあげる。急なものだから身動きが取れず、小さく悲鳴をあげるしかできない。――でも悲鳴をあげるにも相手が悪いので、痛いとは到底言えなかった。――

「何すんのよ! 離して!」

 デデデは布袋を持ち運ぶかのように私を持ち上げ、数歩歩いた後そのまま地面に投げつけられた。肩に金属の音と車輪がキィと鳴る。

「お前の責任ぞい! お前がその使えない元戦士を介護するんだぞい。今までのように、これからもそのバカで間抜けな赤ん坊、カービィを育てるが良いぞい! これは傑作の乳母だぞい! 勝手が違うだろうが、大事な大事なカービィの世話を見てやるがいいぞい。老婆になってもその先も、一生!」

 うははははは! と村中に行き渡るような笑い声を上げて徒歩でそのままデデデは去っていく。正直なんのことかわからない。また腕に金属のひんやりした棒が当たる。何かと思い後ろを見る。
 そこには、車いすに腰掛け、約五種類の謎の袋を棒で吊るし沢山の管があちこちに繋がった言葉には出せないほどおぞましい見た目をした『彼』がそこにいた。悲鳴を上げると、その『カービィのようなもの』が一瞬ぴくっと動いた。

「いや、ナニコレ…? 気持ち悪い! 何よこれぇ!」
「フーム! 落ち着け。…すまない、村の者たち。君たちも帰ってくれないか…」

 おそらくここにいる殆どの村人が好奇心と声に寄せられた者たちだろう。車椅子のソレを見た瞬間、発狂し、中にはパニックになったり吐き出してその場から逃げ出す人がいた。ソレの見た目のおかげで村人は難なく払うことができたが、明日にでも噂は広まることだろう…。

「やっ…、メタナイト卿?? 何ナノこれ、何ナノこれ?」
「フーム、落ち着いてくれ。…実は前日はお前に会った時私は嘘をついた。あの病院の話だ。
 面会させてもらえなかった、という点だ」

 そこは何となく気づいていたわ。やたら目を合わせようとしなかったし、それに後ろでソードとブレイドと何かこそこそ話をしているから…怪しすぎたんだわ。

「私も必死に頼み込み、無理矢理カービィの病室に立ち入らせてもらった。隕石のせいで体がぺしゃんこで半分以上溶け、原形のない顔に動けることもままならない体。そのせいで管を通してでしか栄養の補給や生命維持をすることができなくなってしまった。膿も吹き出て蛆が湧くし臭いも酷いのだが、包帯布を巻かれたがるのをカービィが嫌がるんだ」
「……カービィ、今そんな状態なの? 冗談よ…ね?」
「…そこにいるその塊は、さっき言ったカービィだ。彼はもう、星の戦士ではない。戦うことも、話し、笑うこともできない。遊ぶことさえ…」

 メタナイト卿は何を言っているの? まさか…この車椅子のこれを…カービィだと言い張るの? デデデは私に、あの愛らしいカービィではなくこのおぞましい見た目のカービィを看させようとしているの?

「冗談言わないでよ…無理よ…」
「………いや、いいんだ。その反応は間違っていない。
 …このカービィは、生きている。さっきは誰が生涯の世話を見るかで言い争っていたのだ。責任は…正直、陛下にある。覚えているだろう? この間の魔獣の事件を。あれのせいでカービィはこうなってしまった。その時同じように魔獣も隕石にぶつかったが、奴はミンチになりそのまま死んだ。カービィは私やフームが鍛え、基礎的な受け身などを習得していたが故に、中途半端に生き残ってしまったんだ。この先、彼は何も楽しみはない。この体になったが故、笑えない走れない飛べない食べれない話せない動けない…。全ての動作が不自由になった。……私が、私が…陛下の不可解な行動に気づいてさえいればこんなことにはならなかったのに………。…すまなかった…」

 言い争っていたということは…メタナイト卿も面倒は看たくないのね。そうよね。星の戦士を鍛えるということはしたくても、こんな手に余る姿をして戦えない戦士を看るとはまた違うものね。
 …私、なんだか酷いことをさっきから言っている気がする。
 冷静になろう。これじゃあ差別主義者のデデデと何ら変わりないわ。
 確かに、このカービィは見た目は凄く変わった。かつての飛び回って遊びまわるカービィの姿はそこになく、椅子の上でただ座って(?)いる。何もしゃべらず、どこかを見て(?)いる。
 …でも、カービィの心自体に変化はないわ。それよりも、きっとひどく傷ついていると思う。頭を撫でて可愛がられていたのに、今日は自分を見てけたたましく叫ぶヒトや嘔吐する人がいたから、ひどくショックを受けたことよ。それに、私もつい受け入れたくなくて否定するような言葉や物質扱いをしてしまった。私自身には反省することしかない。

「メタナイト卿。私がカービィの面倒を看ます」
「何を言っている。無理をすることはない。私から陛下に話をつけてせめてワドルディたちに世話を…」
「いいえ。私が看るわ。止めても無駄よ」

 駆け寄り、車いすのハンドルを握る。「本気か?」とメタナイト卿はマントと仮面で身を隠し、怯えているかのように私を睨みつける。

「私はカービィの親友であり保護者よ。なんともないわ。…でも、きっと家に連れて帰ってパパやママやブンが見たら卒倒するだろうし、怖がられちゃうわよね…。それに噂も広まって余計家に上げてはくれないわ」
「ならば、カービィの家に訪問して面倒を看たらいいんじゃないか。トッコリも………分かってくれるだろう」

 そんなことはないだろうけど、「そうね」と呟く。脳内に「ぽよぉ?」と不思議そうに傾げるカービィの姿を思い浮かべる。だけど、目の前に生き物は――ごめんなさい、カービィね――動かずに蛆をはべらかせている。少し臭いと形に顔をゆがめてしまうが、すぐに外の景色に目を移す。カービィの目がどこにあるかはわからないけれど、きっと私を見て悲しい気持ちになっているのだろうか。全てを予測でしか考えることができない。


 *





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