「まぁ…カービィ、このペンダントをくれるの? とっても可愛いわ。大切にするわね!」 「ぷぁーい!」 そこにたまたま通りがかったのは私だった。カービィはなんの恥ずかしげもなく、まわりの一眼もはばかることなく可愛らしいペンダントをフームにあげていた。それは、ナイトメアを打ち倒した翌日のことだ。 「見て、メタナイト卿。似合うかしら?」 キラキラ太陽に照らされ、ペンダントが一層輝いている。安物のような見た目に小学生の作ったおもちゃに似たそれは、私から見たらとても眩しかった。 「…うむ。とてもよく似合っている…」 「カービィからの素敵なプレゼント。本当に感謝してるわ。ありがとう! カービィ!」 「はぁい!」 「じゃあ、メタナイト卿!」 「………」 カービィとフームはそのまま何処かへと駆けて遊びにいってしまった。愚かな事に私は…少しだけ淡い期待を抱いてしまった。 フームに何か物をあげているのなら、私にも同然あるのだろう、といい歳をした爺がそんな事を考えてしまった。 だが、なかった。何もなかった。それが妙に腹立たしかった。たまたま通りがかっただけなのにこんなことを考えるなんて自分でも思いもしなかった。 私の中で何か凶悪で邪悪なものが渦巻いているのがわかる。 八つ当たりだ。八つ当たりをして気分を晴らすのだ。 私は同日の夜、静かにフームの部屋を訪ねた。フームは今昼と変わらずペンダントをつけたまま恐る恐る部屋から出て来た。私は導くように城の外に出て、彼女も何事かとコソコソ私の後ろをついて城の外へとついて来た。 そして私は、一眼もない場所に隠れながらあり得なくもない話を、静かに、冷静に、彼女に小声で話し始めた。 「ナイトメアが蘇ったらしい…」 「?! それは本当なの? メタナイト卿」 夜の2時を回った時にフームに深刻そうな顔をしながら私は真剣に相槌を打って明かした。 「まさか…こんな倒して間も無く蘇るなんて思いもよらなかったわ…。それなら早速カービィを連れて」 「待て! 早まるな。 目撃したと報告があったのはつい先程のことだったが、話によると奴は随分やつれ、衰えたような姿をしていたと聞いた。カービィはあの先日の戦闘でかなり心体共に疲れている。 今なら弱っているナイトメアに不意をさすのは簡単だとは思わないか」 フームは少し考えている。カービィが自分のせいで傷つき疲れているという事を知っているから余計に黙り込んでいるのだろう。今傷ついているカービィを本当に連れ出して良いのか? いつもと変わらずお菓子やご飯をたくさん食べて笑顔を見せているが、今日久しぶりにぐっすり眠っていると前以てトッコリから聞いている。そのくらいの情報も過保護なお節介焼きのフームは尚のこと把握しているだろう。彼女の顔は少し陰りを見せている。サァ、このままやっと深ぁい眠りについた勇者を、弱った子ネズミのために叩き起こすという鬼のような気になれるのか? 「…分かった。協力するわ。なら、ソードとブレイドも連れて行った方が…」 「何人もゾロゾロ引き連れている方が計画は破綻しやすい。私とフームでこのまま奴が消えたとされる場所に向かおう」 若干の疑問を表情に表しつつフームは私の後ろについてきた。 * 私とフームは城から離れた沼地に向かっていた。人影は一つもなく魔女さえ寄り付くことのない完全な沼地。森は鬱蒼と茂り、どこか湿っているような印象さえ受けるしな垂れ方をしていた。フームが私の後ろで気味悪がり、怪しんでいる様子が目に浮かんでくる。 ――ナイトメアが復活した……、これは全くの嘘だ。彼女に復活したと言えばフームは絶対についてくると予測していたからだ。全ては私の望みどおりの方向に事は進んでいる。私の仮面の向うの表情に、彼女は気づいているのだろうか? 今すぐにでもクスクスと小さな声で笑い声をあげてみたい。 ああ、でもまだ、まだだ。まだ早い。もう少しの、ほんのもう少し、我慢をするんだ。 フームが少し後ろで不意に立ち止まり、私は待ってましたと言わんばかりに同じようにわざと間隔を開けて立ち止まり、振り返った。 「ねぇ、メタナイト卿…本当にこっちなの?」 フームはじっと私の目を見ている。足は今にも踵を返して逃げ出しそうな格好をしている。私に対する信頼はまだまだと言うことか…。 だが、もうこんな悩みももう終わる。もう少しだ、もう少し、使い捨ての信頼を作らねばならない。 「目撃者によるとナイトメアはこの方角に向かっていたそうだ」 「目撃者…って、……………………ねぇ。おかしくない?」 「…何がだ」 「だってこの村の人って、魔獣や化け物や異型物をみたら絶対に大声を上げるじゃない。それをおとなしく冷静にメタナイト卿に報告できる? 村に走り込んで大変だって言いながら他の村人に叫んで報告し回ってパニックを起こすのが鉄板よ。そんな大人しく賢い村人っている? メタナイト卿。私、こんなの言いたくないけど……目撃者って誰のことを言ってるの? もしかしたらその目撃者は操られていて、おびき寄せようとしているのかもしれないわ。一度村に戻ってその人に話を聞くわ」 さすが賢い娘だ。そんなところまで分析していたのか、いや、ただ被害妄想が激しいだけなのかもしれないな。だがここまで来て返すわけにもいかない。それに、慣れない者がこの沼地を抜けることは困難だ。誰かが入って発見することも同様…。強引にしても良いが、万が一隙を突かれ逃げられ見失ってもたまったものじゃない。 もう少し平静を装い、最後の嘘をつく。 「そうでもないみたいだぞ」 「…?」 「見なさい。この沼の中を…。奴はここにいたみたいだ」 「…嘘っ」 まんまとフームは沼に駆け寄り、沼を覗き込む。ここで私は一歩引いて、彼女の後ろにピタリとつき、小声でひっそりと、呟いて…終わり。 「んん…暗くてよく見え…」 「フーム。そなたは…足を滑らせてしまったのだ」 「え…? メタナイト卿、何を言って…」 後ろから突き飛ばし、フームはドボっと沼に足から”落ちてしまった”。左手で彼女の長い髪を掴み、力のまま沼に顔を沈める。 ボゴボゴと空気の破裂する音が聞こえる。どこか助けてと言う音にも聞こえるが、それも虫の音。バタバタと腕をばたつかせ暴れ、せっかくのマントも泥だらけにされる。ギャラクシアを抜き取り、右腕を切り落とす。空気の漏れてボコボコと言う音が増している。それでおとなしくなれば良いが、残った片腕で私の手袋を掴む。最後のあがきとばかりに力一杯手を掴まれ、痛みに襲われる。もっと嬲りたかったが、短気を起こしてしまい、彼女のうなじに向かって剣をなぎ払った。すると、突然動くことをやめ、そこから力が急に抜けるように左腕が沼に浸った。泡がゆっくりぶくぶくと上がり、やがて小さな気泡を残して私に小さな背中を見せつけていた。。 「…手袋がダメになってしまったではないか」 文句を言うが返事がない。私は髪を放し、首にぶら下げてあるペンダントを千切り取った。彼女の体は無気力に、沼にみるみる呑まれていく。 「冥土の土産に私がいただく。そなたはそこで一人で誰にも看取られることなく朽ちていくが良い…」 光を失ったペンダントを持ち、沼地を後にする。フームはこの宝がそんなに惜しくないのか? 返しての一言もなく、沼にどんどん沈んでいった。今は、もうその姿は見えない。 「私の演技もアカデミーものだな…。私の目の前で見せつけるお前が、悪いのだ」 * 夜が明け、その日の朝、私の部屋にノックをする音が聞こえた。入ることを許可すると、カービィがトコトコと入って来た。 「どうした、カービィ。何か用か?」 「はぁ〜い!」 「…これは…」 カービィはあるものを片手にやって来た。小さな手作りのマグカップだ。 カービィは内緒で私とフームに一人一人手作りのものを作っていたのか。それで私のが今日になって完成した…ということなのか。 私はおかしくなり、クツクツと笑い声を上げた。カービィは私の様子を見て下から顔を眺め、覗き込もうとする。私はまだ耐えられそうにない笑い声を上げ、汚れたままの手袋で一つ咳き込んだ。一度気持ちを落ち着かせようとするが、仮面の奥でニヤニヤした顔が止まらなかった。 「そうか。プレゼントか…私にか…」 それならば、嫉妬に狂う理由もなかったのに…また笑い出しそうだ。 「カービィ。これは大切に使わせてもらおう。感謝する…」 「ぱぁゆ! ぷぁ、ぱぁー!」 カービィはとびきりの笑顔を見せて、部屋からかけて飛び出ていった。 …これからあの子は、どうするのだろう。最凶の悪も消え、平和でよく眠れた今、毎日楽しくフームの家を訪ね、遊びに誘うのだろうか。まぁ、何にせよ。ここからは私には関係のない話だ。 私は机に向き直し、カービィの可愛い戸惑う姿を想像し、昨日の彼女を思い出してまた不覚にも、笑い出してしまった。 了 めでたしめでたし 悪は滅びない |