小説2

□肉塊観察日記
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4086年 春の月 4日 ・戸惑いの日


 森の中にある泉の水を汲み取り、小さな積み車の上に置く。後ニ、三回同じことを繰り返して車の手すりを握り、ガタゴトと音を立てて獣道を進み出した。道の途中に果物を見つけ、いくらか拾って適当に車に投げ込んだ。チョウが呑気にひらひらと飛んでいき、私の目の前を通り過ぎて行った。
 チョウが通り過ぎて森の中に消えたと同時に、足音が聞こえた。私はボロ切れを深くまで被り、目の前の旅人と顔を合わせないように積荷を押していた。次第に足音は近くなり、私の横を過ぎて行く。ボロ切れを少し持ち上げ、後ろを振り返る。旅人はこちらに微塵の興味もないのか、こちらに見向きもすることなく過ぎ去って行った。その様子を確認したのち、私はボロ切れを脱いでまた獣道を積み車を押しながらゆっくり歩き出した。
 時間もかからず、また遠方から人影が見えた。さっきと同様に私はボロ切れを被り、積み車を押していた。ギコギコ歯車の鳴る音を聞き、石の段差にゴトンと音を鳴らす。それでも休むことなく積み車を押していた。
 ようやく前方の旅人が近くにより、通り過ぎようかとなったとき、「追放された者ですか」と声をかけて来た。私はドキッとして、つい立ち止まってしまった。


「いいえ、私は望んでここに来ています」

「その様子から自給自足ですか。私の手持ちは少ないですが、パンを一欠片と小銭を出しましょう。森の中も良いですが、たまには市場で買っても楽ができますよ」

「いらないわ。私は本当に望んでここにいるの。プププビレッジに戻る意味も、理由もないので」

「おや、元はあの村の方ですか。…女性で、まだ幼いのにこんなところで…。
 …いや、詮索はよしましょう。村を離れて長いのですか?」

「そうですね。もう…███年経つと思うわ」

「そんなに経つのに…。お一人で、寂しくないのですか」

「…いえ、私には守らないといけない友人がいるので、その子がいるので…寂しくないです」

「………そうですか。…私も旅をしているので…あまり詳しくはないのですが、先ほど立ち寄って聞いたことでよかったらお話ししましょうか」

「もう…あの村のことは興味があまりないのですが…せっかくなので、聞かせてください」


 一体何年振りに、外の人と話をしたのだろう。いつも語りに応えることのできない友人といる者だから、受け答えすることがこんなに新鮮なものだなんて思わなかった。
 親切な旅人は私が子供で、女だから哀れに思えて優しくしたのなったのだろうか。まぁ、それも仕方がない。積荷を押している子供がいたら、同い年の子だって心配にはなるから。


「先ほど村に立ち寄り、聞いた話ですが…。
 三年ほど前に、あの村の王が死んだそうです。なんでも、暗殺だそうで…」


 衝撃的だった。衝撃的だったけど、私はつい「ふぅん」と無関心を装ったような言葉を発してしまった。待ち侘びていたわけでも様を見ろと思ったわけでもないけど、なんとなく息を吐くように呟いていた。


「昔はよく相手してましたけど…そうですか。ついにですか」

「お知り合いで?」

「まぁ少し。王とは自称で統率もなくいつも出歩いてましたから、油断してたのかしらね」

「お葬式も小さく挙げられて参列者もぽちぽちいました。少なからず、家来たちには愛されていたのでしょうね」


 ——間接的にではあるけど、あの王は私のカービィを村の外に追いやった。私のカービィは陰ながらゆったりと暮らしているけど、もう何年も前のことだし恨んでもいない。ブンやママとパパの様子は少しきになるけど、分に至っては私たちに石を投げた愚かな子だからもう他人みたいなもの。気に止める必要はなかった。
 でも、愛されていた。と言う言葉は気に入らない。ヒトビトに迷惑をかける以外しなかったような奴が、愛されているなんて誰が得するのか、そんな面白くないことないわ!


「帰ります」

「そうですね、引き止めてしまいましたね。他にも色々な噂を聞いたんですが…大丈夫ですかね」

「そのお話が聞けただけでお腹いっぱいです。旅の人、道中気をつけて先をいってくださいね。この先は崖があるので…」

「心しておきます」


 旅人は再び歩み始め、こちらを振り向くことはなかった。私は被っていたボロ切れをさらに深く被り、足元だけを見ながら荷車を押していた。地面の崩れる音と滑り落ちる音がどこからか、今日も聞こえた。


408█年 春の月 7日 ・愁いの日


 カービィの目がまた小さく出来てきた。正直、昔の形に綺麗に再生できるのかもう怪しいくらいおかしなところに目ができていた。今日もまた希望の”芽”を潰す作業をする。口は縫い付けているから含み叫びのような低い唸りが聞こえる。
 でもこの口も、縫い付けてもまた新しいところから『生えてくる。』何故こんなに再生能力が高いのか分からない。でも、カービィは必死に生きようとしているというのはわかる。

 カービィは、私のことを恨んでるのかしら。いえ、恨んでるわよね。私だってこんなおぞましいこと、自分でやるなんて思わなかったわ。腕や脚が生えたら切り落として、口ができたら縫い付けて、舌が生えたら引っこ抜いて、目ができたら潰したりくりぬいたりして…いっそ殺して欲しいと…そんなことないか。体は生きることを望んでるのだから、きっと自由に駆けて回って遊びたいわよね。
 いろんなことが頭をめぐる。もう何年も経って最近になって、私のやったことは間違ってるのかとか、そうじゃないとかいろんな思いが巡っていく。ここまできたら何も変わらないと思って彼を完全に直さないようにしてきたけど、もう原型に戻る様子なんてない。きっといつかみたいに石を投げられて惨めな嫌われ者でしか生きていけないのよね。


「グッ、グッ」


 赤い涙を流しながらシクシクカービィは泣いている。この姿を見るといつも堪えられなくなる気持ちが奥の方からフッと、我を取り戻したように湧いてくる。


「ごめんね…ごめんね、かーびぃ、あなたの未来を壊して…あなたは純粋すぎるの。疑いがないの。元に戻ってあの村人が今までの態度を知らん顔してあなたと接すると思うと、どうしても許せないの」


 フランケンシュタインの怪物のようにほつれた糸でいっぱいの体をぎゅっと抱きしめる。
 カービィを守りたいのに、私は変なところで不器用だからこんなことしかできないの。いつかの自分なら「しょうがない」といいながら周りの大人や子供たちのいつもの軽率な行動を気に留めることなんてなかったと思う。でも今は違う。あの村の住人の学習のしない様はここ数百年でどうにもならないと悟った。悟ったからこそ、見放して絶望して、こうしてカービィをこんな形で守るしかなかった。


「グッ、グッ」


 服がカービィの泪で真っ赤に染まる。愚かな私を許して、カービィ。


40██年 夏の月 26日 ・芳しの日


 最近カービィの自己再生の早さが異常だと気づいた。点滴を垂らして一日放っておけば目も口も大体復活している。手も生えている。が、手に関しては放射能でも浴びたわけじゃないのにあと3か4本くらい生えている。


「カービィ、切っても切ってもなんでそんなに早く生えてくるの? …どうして?」


 カービィの生命力の強さは、言葉をまともに発せられないこの子にとって力強くとても目に見て取ることができる主張の一つだった。それを見て見ぬ振りをして、私は阻止している。気付いてはいる。こんなことをやめて元の生活に戻してあげた方がいいってことなんて…。

 だけど、もうどうにもなりそうにないくらい見た目は変わっている。まさかこんなに生への執着心が強いとは思ってなかった。最近は切り落としても変なうにゅむにゅが直ぐに生えてくる切られてたまるかと言わんばかりに、そこから2本も、3本も…目や口だって同じように一つや二つじゃなくなっている。
 これで放っておく方が酷だと思う。ねぇ、カービィ。私は、私は間違えているの?





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