小説3

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 メタナイトが変な宗教にハマってから露骨におかしくなってしまった。感情が不安定になって突然泣いたり暴れたり、意味のわからない器具にお金を使ったり時には僕を勧誘してきた。城の者たちはおかしくなったメタナイトに呆れて仕事を与えなくなり、話しても会話の内容が支離滅裂な故に話しかける者もいなくなった。
 いよいよ忘れかけられた存在の彼から手紙が届いた。そこにはお城の地下で待っているといった内容だ。めっきり会話することもなくなったメタナイトからの突然の手紙に喜んだ僕は早速城に駆け出した。—白い目で見られるメタナイトの心境に何かしらの変化があって、僕に相談したいに違いない。—僕はそう考えて一目散に向かう。

 人望を無くした彼を助けようと僕は何度か周りのヒトに声をかけていた。けれど返ってくるのは「関わるな」の一言だけ。彼に親しくしていた者も残らずその態度は崩さず、それよりも彼を助けようとする僕がこのままだと巻き込まれて危険だと、距離を取らされてますますメタナイトと関わることがなくなった。
 故に、僕は今のメタナイトの状態を知らない。周りにもし聞いてもまた「関わるな」と会うことを引き離されるだろうからこの手紙のことも誰にも言っていない。

 城に入り、誰かに見られないように奥の入り組んだ廊下を走る。人通りのない道のお陰で幸いにも誰とも会わずに済み、薄暗い地下に続く階段を見つけてそそくさと降りていく。明かりもところどころにしかなく、その貴重な燭台の一つを取って階段を降り続けた。手入れされていないのか蜘蛛の巣もあちこちにあり、それを払いながら下までつくと鉄格子が半開きになっていた。普段は施錠されていただろう錠前が外され悲しそうにキィと音をたてる。奥は光ひとつなく、鉄格子の扉を少し押す。甲高い音を立てながら扉は奥に開き、暗闇が広がり何処からか風鳴りが聞こえる。

 中に一歩だけ入ると空気が途端に冷たくなったようにも感じた。
 —本当にこんなところにメタナイトはいるんだろうか。—不安に駆られ踵を返そうとすると、横から手を掴まれ、声にならない悲鳴が漏れた。

「私だ。私だカービィ」

 あまりの突然のサプライズに心臓が跳ね、口がぱくぱく動く。手元の光をゆっくりそちらに掲げるとメタナイトの姿があった。彼は身なりが粗雑で明らかな服装の汚れとツンとしたにおいが漂ってきた。少し不快な匂いに顔を歪みそうになったが、それ以上に久々の再会で感情が抑え込まれ安心してへらりと笑う。

「め、メタナイト…驚かさないでよ…ぉ」
「すまない。他に誰かにいるか確認がてらこんなことをしてしまったんだ。もうしないさ」

 メタナイトは僕から燭台を受け取り、僕の後方を照らして後ろを気にしているようだった。僕もそれに合わせて階段の方を見る。

「誰かいるかって…誰かいると困るの?」
「私を嫌う者がついてきていたら確実に引き離されるだろう。
 だが、其方は優秀で賢い。誰にもつけられる事も誰かを引き連れる事もなく1人で来てくれた。カービィだけは私を信じてくれると、裏切ったりしないと信じて待っていたんだ。ありがとう。本当に嬉しいよ」

 そうやっていつからか失われていたと思っていたメタナイトの仮面越しの優しい笑顔に心が救われた。彼は辛い立場になってから地上に戻れずにいたんだ。心の奥のか細い物がぎゅっと締め付けられるような気がして、僕はメタナイトに咄嗟に抱きついた。変わらず落ち着いて僕をザリザリの汚れた手袋で優しく撫でて、逆に慰められた。
 しばらくしてメタナイトは僕をゆっくり引き剥がし、片手を掴んで暗い廊下の向こうを燭台で照らして差した。

「しばらく会わないうちに話したいことが山積みだ。上は危険だから歩きながらでも話を聞いてくれないか」

 僕はすっかりメタナイトを信用し、二つ返事で怪しい地下の廊下奥へとついていった。

 手を引かれたままペタンペタンと足音が2人分聞こえ、見た事もない城の構造に想像を膨らませていた。そんな中、メタナイトは少し明るい口調でひとりでに話し始めた。

「周りから私は異端者扱いを受けて散々だった。人目につくところに居れば恐怖され仕事も任されなくなり放っておかれる日々だった。」
「其方との会話も、会う事もなくなっていたのも最初は悲しかったが、後に周りの連中がぽろっと話しているのを聞いた。私に近づいて危害を加えたら危ない、と。…まさかそんなことを私がカービィにするわけがないのにな」
「カービィ、其方は私の味方だった。私が迫害される中1人で走り回り、私を理解するように周りの愚かしい連中に呼びかけていてくれていたのも知っている。本当に感謝しているんだ本当に。ずっと以前に教祖様にこれを伝えたら*****様の側近にあった救世主*****に近しい存在だと御進言があったんだ。」
「カービィは救世主*****を知らないだろう、****の地で生まれた平民の***を救い、救世主*****から助けられたことを心に留めていた平民***はその救いの力を広めようと布教して回っていた。その後も幾度と迫害を受けても教えを解いていた平民***に救世主*****は」

 歩く速度も上がり僕の手を掴む力も増している。早口でベラベラと喋る内容はいつか聞いたことがあるメタナイトの信仰する宗教の始祖の話…!
 僕は途端にこの汚れた手袋と彼から発せられる臭いに不快感…拒絶反応を覚え「手を離して」と叫んだ。しかしメタナイトは聞こえていないのか無視をしているのか宗教の話をし続けている。今掴まれている手がだんだん体に虫が這ってくるような気さえしてきて一刻も早く振り払おうとしたが全く敵わず、さらに足を地面に突っぱねても引っ張る力が強く立ちどまれずほとんど引き摺られるようになり、助けを求める声を全力で上げても返ってくるのは静寂と念仏のような語りだけだった。
 引き摺られるようにしてメタナイトは一室の扉を強引に開けた。僕を軽々と持ち上げ、床に直置きになっている十字になった板場に僕を押さえつけ、傍から縄を取り出していた。流石に正常じゃないメタナイトに更に恐ろしさを感じ、大声でがなり上げる。

「メタナイト! ここは何? そ、その紐で何するの?! っ…話し合おうよ! メタナイトも話したいことあるんでしょ? お願いだから落ち着い」

 メタナイトは凄い勢いで僕の顔をバチンと思い切り平手打ちしてきた。それまで続いていた呪詛は甲高い叩いた音で遂に止み、ゆっくり僕を叩いた本人の方に向き合う。メタナイトは悲しそうな顔をして僕を見つめていた。

「落ち着きなさいカービィ。私は其方を助けるためにこうしているんだ」

 僕が落ち着くんだ? と、思った。しかしこんな瞳の奥がガン開いたままの男に話し合いは通じないんだと絶望し、僕は大人しくせざるをえなかった。
 その間も押さえつけられる力は弱まらず、そのまま十字の板場に僕の手の根元から縄で痛いくらいぐるぐると鬱血するくらい巻き付けられ両腕を広げられる姿で身動きを封じられた。

「助ける…? どういうこと? 僕、何にも困ってないよ」

 せいぜいメタナイトの今の事情が心配なだけでそれ以外全く心当たりがないのは事実だ。そもそも関わることがないから僕が助けを欲しがる理由がない。メタナイトは終始とても辛そうな表情をしている。

「無理もない。其方は気付いていないだけだ。其方の身は地上の毒気に汚染されている。…これは『**書第*章**節*項』にも書いてある、…信仰に理解の無い者の言葉は汚染されているといったものだ。しかし、カービィは少なからず我々に関心を持ってくれているおかげで教祖様のお言葉によりまだ助かる道があると仰られている。毒気を取り除く大役を私は担うわけだが…カービィには辛いだろうが、私の提供する浄化の薬を飲まないと治ることがないのだ。分かってくれるな」

 そんなわけないじゃん。毒気ってなにさ。そんなの存在しない。…そう言ってやりたいけど、磔にされている以上刺激をするような言葉は喉の奥へと仕舞い込んだ。僕はこの状況では頷く他なかった。メタナイトは「そうか、よかった」と心底安心したように声を漏らし両手でゆっくりと僕を撫でた。

「それじゃあ、早速だが口を開けなさい」

 油断していた。メタナイトの撫でていた手は素早く僕の口の端に滑り口の両方を閉めさせまいと押さえてきた。臭い布は気持ちの悪さを増幅させ舌をなんとか布に当てまいと口の中にしまいフガフガと声を漏らし、左右に暴れても動けないものだから緊張が走った。僕の上にまたがるように乗っかるようにし、重い扉をこじ開けるかのように両手で口端を掴まれたままで、どうやって塞がった手で薬とやらを僕に飲ませるのかと思考を巡らせていると、この状況に見合わない意味のわからないモノが目の前にあった。

  
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