小説

□いま? …うん、起きてるよ
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 三回目。
 僕がこんなにいっぱい泣いたのはきっと、三回目だ。
 いっぱい泣いた以外に泣いたのはきっと26850回くらい。
 もうやめて。やめてよ。
 泣いたら許してくれるなんて思わないから、もうやめてください。僕が悪いのなら僕は何度も君に謝るから。だからやめて。やめて。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 鋭い切先が僕の目の前のヒトを何度も切る付けていた。僕の謝る声にそのヒトを切りつけていたヒトの動きが止まった。
 そして、そのヒトはやっと笑った。

「やっと分かってくれたんだな。カービィ。

 でもちょっと遅かったなァ…。もうこれ、動かないぞ」

 そのヒトは向こうの光景が見えるくらいに切り刻まれたヒトに何の後悔もしてない涼しい顔をして言っていた。
 僕は、部屋の片隅で蹲ったままでそれを見てた。顔も姿も、まるで肉を細々に刻んで腐らせたような。跡形もないそのヒトを見て、嫌にじっとりとする脂汗とうるさい歯軋りをたててずっと泣いて(泣くというよりかはずっと大きく息をして変に動く心臓を落ち着かせようとして)いた。

「どうしたんだ、カービィ?」

 僕はついヒッと声を漏らした。そのヒトの目はなぜか光ってて、とても恐ろしいものを見たような気分になった。

「どうしたんだ?何か恐いモノでも見たのか? …ああ、そうか。まだこいつがカービィを怖い目に合わせようとしているのか…!殺してもなおカービィを怯えさせようとするとは、とんだ疫病神だ…!!!!」

 そのヒトはただの肉の塊になったそれにまた刃物を立てて刻み付けた。足が落ちた。その落ちた足にもあと300回は刃物を突き立ててからしばらく沈黙したのちに足蹴りして、また肉の塊(本体)に刃を突き立てた。

「あ…お、お願いだからっ!もうやめてあげて!やめて!」
「ダメだ。カービィをいじめる奴はいかしておけない。あっちの世に逝くのも、生きるのもだ…!」

 僕にはどうすることもできなかった。
 どうしてこうなったんだろう?僕はただこの塊のヒトとお話ししてただけなのに。…あれ?この塊って…誰だっけ?

「それと、カービィ。お前も悪いんだぞ?私以外の生き物と会話をするのは…。お前は私のモノなんだから。私だけを見ていてくれればいい。そうすれば…、この汚れた物だって私は処理しないで済むのだからな?…いいかい?」
「分かったから…!もう…こんなの止めてよぉ…」

 僕の泣く姿を見て、さらに彼は恐ろしい雰囲気を解き放っていた。僕は何か間違えた選択をしたような…そんな気がした。

「"止めて"…?何を言ってるんだ?なぜ泣くんだ?…まさか、こいつを処理するのを止めているのか?そのために…こいつの為に、涙を…?」

 見てわかるほどの嫉妬に操られ、狂気に乗っ取られた姿がそこにあった。
 また…また、僕は?間違えたの?
 僕が泣きさえしなかったら…?このヒトは報われたの?救われたの?

 …全部…僕が…悪いの?
 このヒトが…メタナイトがこんなんになっちゃったのも…?

 合計721回くらいの肉が細かく細かく分裂して床を刻み付けて最終的にカンカンと鳴っていた頃に、刃物を振りかざす姿は止まった。やっと終わった。やっと終わってくれた。
 死体は肉の塊からただのミンチ肉のようになっていた。 

 ふと、部屋のあたりを見回してみた。
 部屋の隅にだが、似たようなものが沢山あった。いつしか腐って腐臭を放ち、最初は嫌というほど吐いていたが、今になってどうというわけもなくなってしまった。
 でも、僕はどうしてこのヒトたちと会話できてたんだろ?

 僕、今まで監禁されてたような気がしてたのに。

「もう大丈夫だぞ。カービィ。悪い悪魔は私が退治したから。悪魔はな、このくらい切り刻まないといなくならないんだ。
 …良かったな。これからはこいつらと一緒にここに住んでもいいぞ」

 ・・・そうだったの。

「じゃぁ…その悪魔は…二度と刻んだ体に帰ってこないの?」
「いいや、逆に取り込んでしまえばいい。そうすれば、完全に悪魔は死んでしまうんだ」

 僕はなんて大事なことを忘れていたんだろう!

「じゃあ…、メタナイトに住んでる悪魔も…そうすれば消えるんだね…?そうなんだよね…ぇ?!」

「   」

 僕はそれまで「彼」が持っていた刃物を奪い取り、手始めに斜めに切り上げた。

 あっという間だった。「彼」は血を噴き出して目の前にぐらりと倒れた。
 
「ねぇ、メタナイト…。悪魔は死んだの?でていったの?」

 返事がない。悪魔がメタナイトの体を乗っ取って沈黙を続けようって魂胆なの…?僕は悪魔を追い払うため、刃物を強く握りしめてから彼に向かって刃を突き立てた。
 刺したところから真っ赤に濁った血が溢れた。

「やっぱり…!悪魔め、やっぱりかなりの間メタナイトの体に乗り移っていたものだから"血の色が違う"…!早く出ていけ!メタナイトを返せェエ!!」

 先程までの恐怖心とは裏腹に僕には悪魔を倒すという正義感によってそんなものは打ち消されていた。肉片は飛び散り、たまに口の中に入ってきた。味は最悪。これもきっと悪魔の所為だ。
 僕は内臓を取り出した。腸に、肺に、心臓。やっぱり血は真っ赤だった。
 色が違う。

「細かく刻まないと…。悪魔…、早く、メタナイトを助けなくちゃ…」

 あの優しいメタナイトを…助けなくちゃ。

 こんな偽物に負けちゃだめだよ、メタナイト。
 僕は次第に勇気に似た気持ちが心を満たしていった。早くメタナイトを救わないと。ああ、まるで本当、勇者になった気分だ。ぐっちゅぶぐぷっ…って、音がした。この臓器、まだ勝手に動いてる。これも悪魔の仕業だ。そうに決まってる!
 その動く臓器に、さっきの「彼」のように刃物を何度も突き立てた。変な管から汚い排便物や消化しきれていないもの。尿に似た液体が発見された。吐き気は遠の昔に捨てたから平気だ。こんなものに負けちゃだめだ。僕はひたすらに刃物を突き立てた。何度も何度も。



 2674…、2675…。

 さっき見たようなミンチ肉に「それ」は仕上がっていた。これで悪魔は追い払えたのかな…?

「ねぇ、メタナイト…?起きて。まだ悪魔に捕まってるの…?

 最終手段は確か…取り込むんだっけか…」

 僕はヘドロみたいにあるそれを掴んで口に入れた。手で掴んでも量が知れてる…。僕は這い蹲るようにして床をべろべろと舐めた。じゅるるるるるると吸いこんだらそれはどんどん口に入っていった。味は、まさに美味♡
 これでメタナイトは助かるんだ。これで大丈夫。これで大丈夫…。

「ねぇ…、メタナイト?悪魔は、死んだ?これで死んだ?死んだよ…!やったぁ…やったぁ!!あはははは!!ああはは…ははぁはは…は…」

 返事がなかった。

 僕はせっかく悪魔追い払っても、メタナイトはどこにもいなかった。何でどこにもいないの…?

 僕は…悪魔に騙されてしまったの?それとも…優しい君に騙されたの?

「早く…殺さないと…」

 僕は足の付け根に刃を添えた。手が震える。怖くない。これは…今度は僕の中に住んだ悪魔を殺さないとダメだから…。メタナイトを殺した僕はきっと…悪魔になっちゃったんだ。早く…悪魔を追っ払わないと…。

「僕の中の悪魔を殺せば…君は…優しい君は…!」








 
 悪魔にとらわれた二人(?)のお話でした。




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