小説

□"わたし"が終わるとき(PM 2:06)
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「ハイラル国住民の皆様、民の方々。…この世界の消失も、とうとう残り12時間を切りました」

 国全土の民は思わず「え」と声を漏らした。直後笑い出して私を罵り出す人が現れ始めた。「ごめんなさい」と頭を深々と下げて詫びの言葉を何度も呟く。これはハイラル城下町全てが見渡せる城から告白されたもの。すでに罵倒と非難の声を好き放題吐き散らす民で溢れかえった。

「ぉぃぉぃ…ゼルダ姫?嘘も程々にしてくれよ。あんたがそんなこというと本当みたいに聞こえるだろ?」
「お告げが先ほど、つい先ほどあったのです。森と炎と水の妖精が、私の前に行らしてそう告げたのです。あげくの果て、トライフォースも私に…」
「ふっ…ふざけんな!俺たちは今まであんたを慕っていたけど、こう世界が終わるって、しかも後一日の半分なんて、何に使えって言うんだ!えぇ?ふざけんな!」

 幾民の動揺を隠しきれていない暴言が私に飛び交う。仕舞いにはあの男もあの女も、私に向かい瓶や石を投げてきた。私は反撃などしない。彼らの怒りの根本も、悲しみの原動も、全ては私一人の責任だから。
 私は自身の恐怖を少しでも和らげるため、目を瞑り立ち尽くした。

 ――殺したければ殺して良い。それが私の運命というならば、

 剣が風を切ったような音が聞こえ、私は目を開けた。刃が太陽に反射して青く光る。横を見ると緑の衣を纏ったハイラル人の青年がそこに居た。ある事件から私と知り合い、その日以来私に使えている勇者。

「ぉおっ?!なんだなんだ、何処の護衛かと思ったら、かつてこの国を救った英雄リンク様じゃねーか」

 男はぶっきらぼうにリンクに向かい喧嘩口調で叫び声をあげる。

「それがなんだ。みんな、何故ゼルダ姫にこんな暴力をふるうんだ。ゼルダ姫は常にみんなを思い、みんなのために暮らしやすい生活を送らせてきたじゃないか」
「馬鹿たれが、その王女はわしら年寄りや子供を、後12時間で殺そうとする奴じゃ!」

 信教深そうな婆がリンク越しに私に指を突きつけ雄叫びあげる。

「わしらはやはりガノンドロフ様に世界を治めあげられていた方がよかったんじゃ、彼亡き後に平和なぞかったんじゃ〜!」

 婆は手を合わせ祈りを捧げているような行動を取り始めた。しかしリンクも諦めず、口論を激しくしていく。

 私は時計を見る。現在朝の11時丁度。気付けば後10時間。
 私は窓から身を乗り出し、精一杯叫んだ。

「残り時間後10時間となってしまいました!…誰も時間を止めるなんてこと、出来はしません。ですから、大切な人との時間に使って下さい。私は…精一杯の謝罪と祈りを含め、昼の2時に城下町中広場で………王女という肩書きを消すため、首を切ることに…します」

 一瞬黙り込んだ民だったが、そのうち歓声と痛快な笑い声が城下町全てに響き渡る。リンクは眉をひそめ、剣を収め廊下を歩きだした。私は止める暇もなく、民の調子に乗った言葉に耳を傾けた。

「王女"だけ"大切な者と一緒にいてはいけません!何故なら、それも罰だからです!」
「え…?!」

 気が狂った少年が笑いながらそう言い、それを聞いていた民もそうだ、そうだとその論に乗りこの上なく喜びと歓声に包まれ、私は気がつけば窓を閉めていた。

「………ぅ…」

 私はリンクを追いかけたくても腰が抜けその場にへたりこんでいて走れない。立ち上がろうとしても足が震えて動かない。

 泣き出せば、彼は私の元へ帰ってくるだろうか?
 あんなこと、言わなければよかった。

「うっ……ぅ…、っ…」

 今更後悔したって時間は巻き戻されない。そんなこと、わかっている。わかっている。私はたぶん期待していたのだと思う。国民が「そんなことしないで」と言って止めてくれることを。
 でも現実は違った。
 皆私を恨み、もう私の存在に興味をなくしてしまった。

 こうなってしまった以上、もう逃げる道はない。

 私は涙を拭い深呼吸をしてドレスの裾を払い、駆け足で彼の行った方へ走り出した。



「リンクっ…リンク、待って…!」

 息を絶えつつやっとの思いで彼の元に辿り着いた。

「ゼルダ姫…」

 リンクは私の名前を呟いただけでそれ以上何も言わなかった。じっと目を見つめられる。私は彼に近づこうにもその突き刺さるような冷たい眼差しで金縛りにあったように体が動かなくなった。

「…あ…あの、私…」
「何で断頭する事にしたんですか?」

 リンクは斜め下を見ながら聞く。
 咄嗟に後退りしたくなった。
 リンクは近くに飾ってある時計を見る。続けて私も見る。

 ――12時。

 私の命が絶えるのも残り2時間。時間が進むのが怖かった。秒針は少しずつぐるぐる回る。どうせこの時計を壊したって時間は止まらないでしょう…。
 もうじき私の地位は消える。ならばいっそ…。

「…っ?!ぜっ、ゼルダ姫???!」

 私は彼に思い切り抱きついた。リンクは慌てふためいたようだったが私は気にしなかった。
 助けを求めているわけではない。こうしていたくなっただけ。リンクはおそるおそる私の肩を掴み、あくまで優しく体を引き剥がし顔を真っ赤にしていた。

「あ、貴女はその…この国の王女の身ですよ!先代様が見たらきっと誤解しますから、や、止めて下さい」
「何故?私は簡単に言えばもうただの女同然。貴方にどれだけの間縋りたかったか、分からないでもないでしょう?」
「…っ、まだ貴女は確実に王女を辞めたわけではないので…気持ちはお受け取りできません。」
「でも後二時間我慢しようと貴方は私を愛してはくれないでしょう。だって、その頃には私は…」

 敬語で話されている所為か妙にしっくりこない。昔みたいにゼルダと気さくに呼んでほしかった。――でも昔と今じゃ違うとは分かっているわ――

 私はまだ王女を捨てきれないでいる…?
 捨てれば彼は私に従いも、近くにも居なかった。馬鹿ね。
 私はまんまと地位を使って人を操っていただけなのね。面白い猿芝居だわ。

 そうね。私はずるい。ずるいから、もう少し貴方を利用させて…。

「リンク、あのね…私は…」
「服を、交換して下さい。大丈夫です。やましいことを考えているわけではありません。後、衣装部屋、化粧道具も少し拝借しても宜しいですか?」

 声がでなかった。
 こくりと頷き別室に入り彼の温もりがある服や剣、盾を渡された。私は即座に自分の身につけていたドレスや髪飾り、手袋、靴まで渡した。
 私は少し大きな彼の衣装を纏い、帽子をかぶり縦や剣を背負い込んだ。重かったが我慢し、私は部屋から飛び出た。

 暫くして足音が聞こえてきた。その人が近づいてはっとした。私によく似た女性が居た。その人は私の衣装に少しアレンジした感じで、後ろ髪などは見えないように布で隠しているみたいだった。きれいな化粧を落とせば多分リンクに見えなくもなかった。

「…時間がかかりすぎたみたい。もう1時半じゃないか。さあ、姫…いや、リンク。急いで」

 その人は私の手を取り走り出した。転けかけたが体を立て直し、私も走り出す。
 ちんぷんかんぷん。私はリンクじゃないわ。

 だってリンクは貴方じゃない。

 私は体を震わせる。まさか、そんなはずはないと自分に言い聞かせる。

 ――彼は私の身代わりをしようとする気だ。

 手を振りほどこうにも力の桁が違いすぎる。息はもう限界、体力だってない。でも彼は走るのを止めない。中広場にでた。数知れない野次馬が腐るほど居た。道はまっすぐ、断頭台を囲むように人が並んでいる。

「わははははっ!ゼルダだ!元王女様が来たぜぇえ!」
「リンク!お前はもうその女の護衛はいいぜ!こっちにきて花見の見物と洒落込もうぜ!」

 男衆や女衆が私の手を引っ張りどんどんリンクから引き場がされていった。繋いでいた手は寂しく空回りし、もう何も掴んではいなかった。

「りんくっ…!リンク!止めてぇえぇええぇえぇぇ!私は、私は望んでないわ!」

 けたたましい群衆の声に私の必死の叫びはかき消される。涙を流しても彼は凛としていてこちらを向くことはなく、ギロチンの刃先がきらめく断頭台に向かって歩き出した。

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う…!!!

 何度も行ってるじゃない!私は望んでないって!誰も私は身代わりになれなんて言ってないわ!私はここよ!どうして分からないの、クズ共め!私は、あんた達が今もっともにくんでる相手はそこじゃないのよ!私!私私私ぃいぃいぃぃいぃいぃいぃ!
 私は人々に揉みくちゃにされながら最前列という特等席に来た。

「何か言い残したいことは?」

 いつの間にかいつギロチンが落ちてきても良いような段階にまで"わたし"はセットされていた。"わたし"は私に気づき、にこっと笑い空を見上げた。

「…私の大切な人が…その人のもっと大切な人と…あと何時間か、幸せにいられますように。かな」

 涙で顔面がぐちゃぐちゃになった。少しの間静かにしていた群衆もわいわい騒ぎ出した。
 斧を持った男がコクリと頷く。一本、刃が落ちるのを支えていたロープに向かい、斧を振り下ろした。瞬間、ギロチンは"わたし"の首に向かい落ちた。

 ――私に向かい口が動いていた気がする。何を喋ったかは聞き取れなかったけど、大動脈から溢れ出た血によって全く覚えていられなかった。
 血を浴びた彼らは笑っていた。私は呆然と立ち尽くし、空を見上げていた。…私の大切な人とオワリの時間まで幸せに…、あらあら、アナタの願い、叶わなかったようね。

 さて、貴方達愚民風情共が笑っていられるのも後何時間かしら?その顔が絶望に変わったとき、どうなるかしら。

 午後2時6分。世界消失まで後8時間以内。
 私が死んだワケじゃないもの。地位はそのままよね?…私が彼の元へ逝って謝ったら

 笑って許してくれるかしら?







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