真夏――蝉の喧しい鳴き声と太陽の強い照り光、白いチューブにわずか残った絵の具をまるでこの空に掠れ掠れに水を付けてない筆で描いたようなこんな空に、忌々しいあんな光がこの年中暑い国を余計に熱する。 この星ごと燃えてしまうんじゃないかとついつい妄想してしまう。 まぁ実際そんなことがあるわけ無いのだが、なんと暑いことか…。木陰の下、何処か遠くの山々を眺めながら私は頭の中だけで独り言を呟いた。 「カーくん!」 子供のような無邪気な声と土と草を駆ける音が聞こえそちらを振り向く、久しく見たのは赤のベレー帽に幼稚園児のような服を着用した少女が通り過ぎた。少女が向かった方向にはカービィがいた。 何時の間にいたのだろうか…?私が来たときはまだいなかった。…来た気配に気付かなかったとは、私もまだまだなのか、それとも年老いて勘が鈍ったのか…。 「ぁ、マドレーヌ!」 「それはお菓子の名前だよね? 会いたかったよ、カーくん」 「僕もだよ、もう何ヶ月も会ってないもんね」 互いに笑顔を見せ合い笑っている。 よくこんな炎天下の中会話できるな…。もし倒れたりしたらどうする気だ…。 「っにしても暑いねぇ、今日は猛暑だね〜」 「うん、スゴい太陽が照ってるね。そこで…ヨイショ、パラソルだよ」 「…日除けになるの?」 「何もささないよりはマシでしょ? 隣に来る?」 「えっ…?いいの?」 そう言った少女の表情はとても明るく、嬉しさに満ちていた。 (…立ち聞きはよくないな。退散するとするか…) そう思いその場から離れようとしたとき、カービィの声が更に聞こえてきた。(こういった行為を聞き耳をたてるというが…あまり気持ちのいいやり方ではないな) 「……ごめんね、アド。ちょっと用事思い出しちゃった」 「ぇ、用事…?」 「本当にごめんね。あ、パラソルあげるよ。ごめんね」 カービィは何度か謝った後、アドレーヌにパラソルを差し出し、カービィはアドレーヌに向けたその何倍もの笑顔で私に向かい走り寄ってきた。私はカービィ以前に、そのカービィの後ろ姿を悲しそうに見つめるアドレーヌを見た。その後私がアドレーヌを見ていたことに気づいたのかとてつもなく冷たい氷の刃のような目で私を睨み付けていた。 ――何でお前なんだ。 …そう目で言っていたような気がした。 「カービィ…」 「メタぁ!いつの間にいたの?」 「さっきだ…。それよりカービィ、アドレーヌ「この木陰、日が当たるところよりずっと涼しいね。風が気持ちいし」 言葉通り、眼中にないといったところか…。完璧にアドレーヌのことを無視した様子。…いや、もういないと思っているのか。 自分の世界にまるで浸っているかのようだった。 「ねえメタ。僕おなか空いたなぁ。冷やし中華麺食べに行こうよ」 「し、しかし…」 私は不意にアドレーヌの方を向いた。 変わらず悲しい表情のままで、やるせない気がした。 「カーくん…」 アドレーヌがそう呟いたとき、私は何か自分が一瞬奇妙な感情を抱いた気がした。 奇妙といっても恋愛感情ではない。何だろうか。まさにその真逆といったところ…。優越感………? …ザマァミロ 今、確実に酷い台詞を彼女に向かい頭で叫んだ。心にもない。二人の子供がどちらか片方ばかりあやされた子供のような自分だけ愛されているんだというような… ――そんな気持ちが…。 一瞬のうち数時間が過ぎ去った気がした。 「…私はいい。アドレーヌのところへ戻るんだ」 「…**だよ。僕はメタと居たいよ…」 そう小さな声で、でも確かにはっきりと、彼はそう呟いた。(何か疎ましく思った。今すぐこいつを払い除けて何処かに逃げ出したい。そんな気がした) 私は彼の後ろ姿を悲しそうに見つめる少女を見た。その表情は逆光により全く見えなかった。彼女はパラソルを片手に何かを呟いた。 「ne vivam si abis.」 腕が顔の前に行き左右に腕が揺れていた。多分涙を拭っているのだろう。 少女は何処かに駆け出し逃げるように去っていった。 「…何て酷いことを言ったんだ…しかも本人の目の前でとは…」 「ぼ、僕はだって…、…違う、僕は………」 おろおろと狼狽えながら言い訳を必死にしようとしている。ならば最初から…"イヤ"と言わなければよかったものを… しかしさっきアドレーヌが言った言葉は何なのだろうか。ne vivam si abis…。聞いたことは全くないが…。 「…もし君が去っていくなら、私は生きたくない…」 「…?」 「遠い青い星の昔の言葉で、そういう意味なんだって…アドが言ってた…」 「ならば…死を考えているかもしれないじゃないか!止めにいかなければ…!!」 「もう無駄だよ。それに止めないで…」 「なっ…、何故だ?」 「僕が…嫌だからだよ。僕はアドなんかよりメタのことが…」 私はカービィを無視して彼女が走っていった方を目指して歩いていった。 知った道で入り組んだところが一切ない一本道だから自殺をこの辺りですることはないだろう。と、少し歩いた所に廃屋があった。 まさかと思い…その錆び付いた扉を開いた。…中には転がったパラソルと首をカミソリで切り、辺り一面血の海の中で座って睨み付けるように恨むような目付きをした…彼女が座っていた。 何も言えなかった。まるで私が殺したかのような風景…いや、現に私が彼女を殺してしまった。片想いをした少女はあっけなく別の生き物に自分の愛したものを取られ、孤独に翻してしまうという…。 …もっと分かりやすく言うなら、その店にしか置いてない可愛い人形を買うために必死に小遣いを貯めたものの、先に第三者に買われたというような絶望感。それを彼女は身を持って体験したのだろう。 私は彼女の目を見ていた。彼女も私の目を睨み付けていた。蝉の声がどんどん真後ろに近づいてきていた。 私はこの目を忘れることができないと…後の3秒後知ることとなった。 了 |