小説

□口裂風船
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 ある遊園地での思い出の話です。

 僕はおとーさんと一緒に遊園地に来た。
 おとーさんは、とっても優しかった。お仕事の話になるととっても顔が険しくなって僕をお部屋からおいだしたりするんだ。
 そんなおとーさんがその日、遊園地に連れて行ってくれた。

 最初で最後に乗ったのは確か、メリーゴーラウンドだったっけ。僕は凄く楽しかった記憶がある。
 僕がそこから手を振ってると、そこから眺めてたおとーさんは小さく手を振ってくれていた。
 でも、おとーさんはその近くにいたヒトと何かお話しする様子が見えた。僕はぐるぐるぐるぐる、止まらないメリーゴーラウンドからおとーさんを見てた。どうやらお仕事の話しみたいだった。でもいいんだ。おとーさんはいっつも僕に痛いことするけど、今日はそんなことしなかったから、寂しくなかったよ。
 メリーゴーラウンドから声が聞こえたとき、そのうち乗っていたお馬さんは止まって、係員さんが「ごじょうしゃありがとうございました」って言って子供たちを何処かへ連れて行った。
 僕もその子供たちについていくようにそこから出た。
 おとーさんはまだ誰かと話してた。僕のほうなんかちっとも見なかった。
 僕はおとーさんをほっといて子供たちの向う方について行った。

 子供たちのはしゃぐ声が一段と高鳴った。
 そこに、たまに乗ったピエロを見た。ピエロは綺麗な金色の長い手からたくさんの風船をあげてた。
 僕はピエロも、風船も、その日、現物を初めて見た。
 だって、僕は今まで絵本の中だけのものだと思ってたから。
 本当にいたなんて、あるなんて知らなかった。

 ピエロはまるであっちからくるみたいに玉乗りをしながら、風船をもって来た。
 僕は風船を手渡された。
 僕はありがとう。って言うと、ピエロは気にしなくていいのサ。と、僕の頭を撫でてくれた。
 今日はとっても素晴らしい日だ。初めて人に頭を撫でてもらった。いつもはおとーさんに頭を殴られてばかりだから、撫でてもらうという行為はないんだ。

 後ろから僕の名前が呼ばれ、おとーさんがいた。僕は本当に、嬉しそうに風船を自慢しようとした。
 でも、やっぱりおとーさんは僕の事を無視した。おとーさんは僕をぶって風船を手放させた。

 こんなものをもっても何の利益も生まない。役に立たないものは貰うんじゃない。って、怒られちゃった。
 もちろん、近くにいた子供たちは茫然としていた。大人たちは知らんふりで、興味なんてさらさらないみたい。
 手を引っ張られ、もう帰るぞ。やはりこんなくだらない場所にお前を連れ来なけらばよかった。っておとーさんはいらいらした口調で言って、無理やり引っ張られた。
 僕はピエロの方を見た。ピエロは逆光でまったく表情が見えなかったけど、誰かに語りかけるように呟いた言葉は聞こえた。

「大丈夫、ボクが君を助けてあげるのサ」

 僕はその言葉を信じて、遊園地をあとにした。



 僕の家にはおかーさんがいない。元々、おかーさんはいなかったんだと思う。
 おとーさんは最近お仕事でイライラしてて、僕に八つ当たりしてくる。いっぱい蹴ったり、殴ったり、お尻に痛いことしたりする。
 それでも僕はおとーさんの事が好きだった。
 僕のおとーさんだもん。きっといつか僕のことを理解してくれる、大好きな大好きなおとーさん。

 そんなおとーさんがおうちからいなくなっちゃった。あまりに唐突だった。

 なんか、昨日通り魔にあって、心に一杯怪我しちゃったんだって。お医者さんは、僕におとーさんはしばらく心のけがを治療するから、おとーさんに会えなくなるけど大丈夫?って聞いてきたの。
 僕はいやだった。でも、おとーさんは僕のことなんかどうでもいいみたい。おとーさん、ずっと「アイツが来る。アイツに殺される。アイツにお慈悲を。アイツを崇めなければ」って、よくわかんない事ばかり言って僕の名前を一度も呼ばなかった。
 僕はおとーさんを置いて病院から出た。気付けば目の前にいつかのピエロがいた。

「迎えに来たよ」

 ピエロが金色の長い腕を差し出し、僕の手を引いた。

「今日からボクとずっと遊ぼうね」

 僕はおとーさんを置いてピエロについて行った。
 僕はさみしがりだから、おとーさんの病気が治ったら、帰る気だった。

 ピエロはおとーさんとあまり変わらなかった。その日の気分次第で僕を苛めた。僕の体に痛いこと一杯してきた。でも、僕はピエロが好きだった。たまに見せてくれる曲芸が好きだった。まるであの日行った遊園地の思い出を思い出されて、とっても楽しかった。
 でも最近、ピエロは僕の相手をしなくなった。
 ピエロは僕とは違う、別の子もおうちに連れ込んで昼から夜からずっとおかしなことをしてた。
 その対象も全員子供みたいで、ある子供は叫び声がした。二秒もしないうちにゴキッていう鈍い音がして子供は泣かなくなった。別の子供はずっと喘ぎ声を漏らしてた。それも朝から晩まで、ずっとずっと。翌日僕が見に行った頃にはその子は目がどこかを向いてて足の間から白い液をいっぱい吐き出してた。
 もしかしたら僕にもそんな番が来るのかとビクビクしてたけど、その心配はないみたいだった。
 ピエロは僕の場所に来れば曲芸をしてくれたり、面白い話をよくする、暴力も痛いこともしない様になってた。その分皆からは贔屓目をされた奴として嫌われ者だったけど…。

 ある日、おとーさんが病院を出たという話を耳にした。僕はとっても嬉しくてピエロに家に帰してほしいと相談した。でも…

「もし君があの男の元に戻ったとしても、今後遊園地に連れて行ってくれると思う?ここに居る方が楽しいよ。おいしいご飯もあるしおもちゃもある。何よりボクがいるじゃないか」

 それでも僕はおとーさんの元に帰りたかった。ピエロの言う通りここはとっても居心地がいい。でも、僕の本当のおうちはあっちだから。おとーさんだから。
 そう言うと、ピエロは苦虫を噛んだようにしかめっ面して僕をおうちへ何も言わずに帰してくれた。

 おうちにつくと、おとーさんは平然と新聞を読んでいた。僕は恐る恐るただいまって言うと、なんだかドブネズミを見るような目で僕を見た。

「なんだ。死んだんじゃないのか」

 おとーさんは僕のことを心配してなかった。多分病院で頭の修理をしちゃったんだろう。僕の事が嫌いなのをこの時、初めて受け止めることが出来た。
 きっとおとーさんは僕が邪魔なんだ。嫌いなんだ。

 でも僕はおとーさんが好きだった。
 だから、僕はその日、おとーさんに痛いことをされたけど叫ばないように頑張ることにした。



 翌朝のことだった。朝起きてテレビを付けたら
 例の通り魔におとーさんは殺されたみたいだった。
 おとーさんの遺体の近くには何故か風船が沢山あったみたいで。

 僕には分かる。

 きっとおとーさんを殺した犯人はこの部屋に近付いてる。足音が聞こえる。扉を開ける音が聞こえる。

 僕は扉の方を見て初めて小さく笑った。

「さぁ、今日から僕のおうちはここになったから。
 よろしくね?
 カービィ」





 了



 孤独な少年のお話でした。




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