週末明暗京―文かたり―

□馴れ初めは騒がしく
2ページ/2ページ

 予定の時刻調度に小野邸に着いた善男は邸の中から良相と篁の声がしたことに気付き内心焦った。

 もしかしたら、時間を間違えただろうか。そう思いつつ、平静を装って舎人について行く。既に簀には篁と良相がいた。良相は酔っているらしく顔が赤く、いつもの倍はよく笑っている。

「あ〜、善男殿〜」

 良相がふわふわとした声でこちらに手を振る。

 用意されている開いた円座に座りながら善男は謝る。

「遅れて済まなかった」

「いや、このアホが早く来ただけだ。酉の刻前に来たからな…」

 笑って酒を飲む良相を呆れたように見やって篁は首を振った。

 自分が遅れたわけではないことに安心して善男は頷く。酒の入った土器に口をつけた。極上と言うほどでもないが、そこそこ上質な酒だ。誰が持ってきたのだろう。

「お前何杯目だ。少しは遠慮して飲め」

「別にいいだろぉ〜?篁んとこの酒上手いからさぁー」

「人の家の酒は好きなだけ飲んでもいいのか!お前はいつもいつも手ぶらでくるわ勝手に上がるわ時間より早いわ」

 気がつけば良相の前には空の酒瓶がいくつか並んでいる。相当飲んでいるようだ。しかし、相当飲んでいるはずなのに良相はまだ顔が赤い程度だ。

 隣の篁をつついて訊ねる。

「良相殿は酒に強いのか?」

「水で薄めた酒しか与えてないからそんなに酔ってないだけだ。そこまで強くない。酔うと必要以上に絡んできて面倒だからな」

 絡むのか。それはとても面倒だ。

 人間酔ったときは理性も何もなく、記憶にも残らないので何をしでかすか分からないため性質が悪い。良相を酔わせないための篁の選択は非常に賢い。

 善男は下弦の月を見上げながら、3杯目の酒を呷る。良相の前に並べてある瓶の酒とは別の瓶なので水で薄めてはいない。酒のそのままの味だ。

 初夏の夜風が心地よい。善男は目を細めた。

「善男殿ももっと喋ればいいのにぃ〜」

「遠慮しなくても良い。むしろこいつの話し相手になってやれ」

「けちだなー、篁は。俺を生き返らせてくれたときのあの気前の良さはどこへ行ったんだよぅー」

 その話が気になって善男も土器に酒を注ぐ手をいったん止めた。

 篁は迷惑そうな顔をしているが、良相は構わず話し続ける。

「あの時のお前はまだ心が広かったのに、いつの間にこんなに心が狭くなっちゃったんだよー。俺悲しいー」

 眉間に皺を寄せて篁が良相に受け答える。

「元はといえば俺が誰にも言うなといったのに他人に言いふらしたどこかの誰かのせいだ」

 完全にあの噂が事実であるような二人の会話に善男は戸惑った。

「あの噂は、本当だったのか…?」

 噂の張本人である篁は良相の首を絞めながら善男を顧みた。良相の首を絞め続けるその腕を良相が悲鳴を上げながら叩き続けているがその間隔がだんだんと伸びてきていることについては何も言うまい。

 十分絞めて満足したのか、篁は良相を開放した。開放して床に押さえつけた。良相はぐったりして全く抵抗しない。たぶん生きているのだろう。前言撤回、まだ満足していない。

 ――この人普通じゃなかった…。

 何気に微笑んでいる篁に気圧されて、善男の笑みが引き攣る。

 冷たい微笑を貼り付けたまま篁は善男の問いに答えた。

「あの噂はすべて事実だ。もっとも、俺はこいつを生き返らせてやったときに誰にも言うなと言ったんだがな、このアホは何を聞いていたんだか言いふらしやがった」

 そこで一息つくと、何故か良相を押さえつける腕に更に力を籠めた。

「そのときはもう二度と生き返らせてやらない、というか今すぐもう一遍死んで来いとか思ったな」

「そ、そうなのか…」

 善男は聞いてはいけないものを聞いてしまったような気がした。


 翌日。善男はいつもどおり出仕した。二日酔いと頭痛に悩まされながら。

 良相は無事生還し、元気な姿を見せていた。もっとも、善男と同じように二日酔いでふらふらしていたが。篁は全く二日酔いに悩まされている素振りも無かった。

「昨日は誘って頂き、ありがとうございました」

「いいっていいって、気にしなくて。それと敬語使わなくてもいいよ、俺のことも呼び捨てで良いし。私的に一緒に酒を飲み交わしたらもう友達だよ」

 そんなことを言ってもらってもいいのだろうか。

「良相は俺の家で酒を飲むのをいい加減に止めろ。まぁ、そういうことだ、よろしくな。善男」

 善男は頷いて答える。

「俺もよろしく頼むよ」

 何を話したのかよく覚えていないけれど、騒がしく楽しかったことだけは善男は覚えている。

 これからもそれが続くことがとても楽しみに思える。

「次はお前の邸で飲むぞ、良相」

「人んとこで飲むから美味しいのに」

「俺のところでよければそれでもいいけどな」
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ