週末明暗京―文かたり―

□年の暮れ
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 年の瀬の迫る伊勢。そこに本来いるべきでない2つの影があった。先の政変で怨霊となった早良親王と他戸親王だ。

 そこの主、朝原内親王のもとに来ているのだ。祟るつもりは微塵も無い。可愛い姪っ子の顔を見に来るのだ。彼らの姪はまだ幼く自分を囲んでいるのが既に故人であるということすら気づいていないだろう。

 普段ならば人に姿を見せようとしない限り人の目には見えない彼らだが、朝原はその血筋ゆえに二人が見えている。

「他戸兄様、母上はお元気ですか。ひとりぼっちでいませんか」

 小さなぷくぷくとした子供特有の手を他戸の袖に伸ばして朝原が問う。

 我慢を繰り返しているのはきっと朝原のほうなのだ。他戸の方が泣きそうな顔をして答える。

「朝原の母上はお元気だよ。昨日もお話をした」

 そう伝えると不安そうに曇っていた朝原の表情が明るくなる。

「本当ですか」

「本当だとも。そうだ、朝原今の都の話をしてやろうか」

「聞かせてください」

 目を輝かせて話をねだる朝原に早良が微笑む。少し考える素振りをし、他戸に視線を移した。

 視線を向けられた他戸はわざとらしく額に手を当て、悩むような格好をした。それからはっとしたように慌てて額から手を離し、不自然に視線を泳がせた。

 しかし朝原の目はごまかせなかったようで

「兄様の考えるときの格好は面白いです」

 と他戸の心を抉る言葉を発し、妙に格好つけた他戸の考えるときの物真似を始めた。

「生前の癖が抜けないようだ。かっこつけすぎだろう…


 からかうように言う早良に他戸が取り乱したように騒ぎ出す。

「生前の行動についてはあまり言わないでください!!兄様!」

 早良は全く聞いていないらしく口元が笑っていた。

 恥ずかしさで顔を真っ赤にして何かぶつぶつ言いながら床にうずくまる他戸に朝原が助いの手を差し伸べる。

「わたしは良いと思います」

 他戸は朝原に縋り付く。

 ふと、朝原が思い出したように言う。

「他戸兄様たちはいつお帰りになってしまわれるのですか」

 二人はそんなことを聞かれるとは思っていなかったので瞠目した。

 少し考えてから、朝原の頭をなでゆっくりと答える。

「朝原がずっといい子でいたから、年が明けてもしばらくいるよ」

 自分に触れている影の手をそっと掴んでいた朝原は、ほっとしたように微笑んだ。

 新しい年が近づいている。初日の出はきっと早良と他戸と自分の3人で見るのだ。

 日が西に傾き始めた空を見て、朝原はそう思った。

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