小説

□絶痛絶苦
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普通の練習試合だった。
敢えて言うなら、諏佐さんが怪我を負って離脱してしまった試合。
霧崎第一ほどでは無いものの、物凄くラフプレーの多い学校だった。
相手の肘打ちがモロ額へ入り、床に叩き付けられた諏佐さんはぱっくりと割れた額から鮮やかな血を流したまま脳震盪を起こして倒れていた。
すぐに救護室に運ばれていったが、その時の今吉サンの絶望に染まったあの顔が頭から離れない。
今吉サンは主将としてそのまま試合を続けたけれど、何処か上の空と言った雰囲気が拭えなかった。

「今吉サン」

一人更衣室で呆けている様子の今吉サンに話しかける。
今吉サンはただ、開いているのか閉じているのか曖昧な瞳をこちらに向けてきた。

「……ああ、青峰か」

もう暗くなった更衣室を表したような、何処かに置いてけぼりにされた声。
その声は疲れ果てていた。

「どうしたん、こないな時間に」
「何って置きっぱなしの荷物取りに来たんだよ。アンタだって人のこと言えねーだろ」
「…せやな、てか自分試合後のミーティングくらい出ぇや」

ふらりと質量を感じさせない動作で立ち上がる。
全然笑えてないくせに地顔がそもそも笑顔っぽい為、普通に苦笑してるように見えた。
そのままちらほらミーティング内容を伝えてくれて、
もう今吉サンの顔は笑顔じゃなくなってた。

(ああ、綺麗だな)

それは一種の破壊衝動だった。
綺麗な物を壊したいっていう。
人間味すら失いかけてるその整った容貌を歪ませるのはどれほどの快感か。

「……なに」
「いや、思ってたより綺麗だなって」
「………男にそんなこと言って、嬉しいとでも思うとるん?」

ロッカーに今吉サンを押し付けて、その顔をまじまじと観察してみる。
今吉サンはすごく嫌そうな顔をしていた。

「キスとか、してみてもいいか?」
「…答えになってへんし、駄目に決まっとるやろ」
「いーじゃねーか」

オレの我儘なんて今更だろ。
どこかの誰かさんも言ってたぜ、勝者は肯定されて敗者は否定される。
勝者の言うことは全て正しいってな。
ま、その後に続くスベボクスベタダなぶっ飛び発言は慎むことにして。

そのまま思い切り壁に叩き付けて、今吉サンの手首を掴んでみる。
バスケをやっている割には物凄く華奢な体躯だった。
今吉サンはここでやっと状況認識したのか、目を見開いて怯えた表情を見せてきた。

(こういう一挙一動がそそらせるんだよなぁ)

自覚はないんだろうけど。
震えた唇が薄らと開き、

「あ、」
「あ?」

何を、

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙――!!!!」

……え、
なに。

なんだよ。
なにが、なんで。


端的に言おう。
今吉サンが、発狂した。
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