「孔雀の羽団扇の行方」の部屋

□灰被り姫
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 「灰被り姫・・・」

宮廷内のC・・・大公妃の居室を訪れていた
亜麻色の髪の貴公子は
若草色の綴れを張った
横長のトルコ椅子の上に
紺色の革表紙の本が置き忘れられているのを
見つけ、何気なく、手に取ったのだった。


「わたくしの姪っ子が
置き忘れていったのよ」


ふたりで、出かける夜会の為に
薔薇色の繻子のドレスを纏い
ダイヤの首飾りを着けた
貴婦人が、衣擦れの音とともに
入ってきて、声をかけた。


「ふふ・・・懐かしい」


「あなたも、お読みになったことはあるの?」


「たぶん・・・ああ・・・いや
幼い頃、田舎で世話をしてくれていた侍女が
寝しなにでも、読んで聞かせてくれたのかも
しれません。

貧しい娘が魔法使いに
美しい姫君にしてもらって
お城の舞踏会に行くお話でしたね。

かぼちゃが馬車になったり
鼠が馬になったりお供になったり
するところが
子供心に、なんとも楽しかった。

小さな女の子がこのような物語に
あこがれるのは、解ります」


「あら、小さな女の子だけではないかも
しれないわよ。
あなたに、読み聞かせてくだすったという
女性も、心ひそかに王子様の出現を
待っていたのかもしれないわ。

そういえば、その姪がね・・・
ため息をついて言ったの。

『どうして、わたしには
意地悪な継母や義姉がいないのかしら。
それにボロを着て
お台所で働くこともないし
お化粧したって、たぶん
みんながびっくりするような
美人にはならないわ
おまけに、みんな、お前は足が大きいから
身体も大きくなるぞって言うのよ。
華奢なガラスの靴なんて履けっこないわ。
これでは、王子様に、選んでもらえないわ』

ですって・・・
まだ、10歳になったばかりなのに
あまりにも、現実的なことを言うので
吹き出してしまったわ・・・」


「ははは・・・
なかなか機知に富んだお嬢さんですね。
今にきっと、魅力的な貴婦人におなりになる。

王子が惹かれたのも
美しい姿形だけではなくて
本当は、機知に富んだ会話だったと
思いますから」


「では、今度、直接言ってあげて
くださらないかしら。
宮廷でも申し分のない貴公子のひとりと
謳われる、あなたに褒められたら
あの子も、きっと、自信を持つと思うわ」


「はあ・・・」


「あら、なんだか浮かないお顔。
何か、お気にさわることを
申し上げたのかしら?」


「もったいないお言葉ですが
わたくしとしては
『貴公子』と呼ばれても、あまり
嬉しくはないのです」


「あら、そうなの。
でも、それは、どうしてかしら〜?」


身体に吸い付くように添う見事な裁断の
灰色の木目織の夜会服は
どこか古の騎士の甲冑を思わせ
そこに計算された無造作で
梳き流しただけの亜麻色の髪が
柔らかさと華やかさを添えている。
その姿に、目を細めながら
初老の貴婦人は問うた。


「『貴公子』という言葉には、多少
揶揄する響きが含まれているのでは!?
それは『人畜無害』と呼ばれているのと
ほぼ、同じではないでしょうか!?

それに『娘の婿に是非・・・』などと
望まれるような男が
はたして女性にとって
本当に魅力的なのでしょうか!?
その、姪御も、いまに
『王子様なんて、あきたらないわ』
なんて、おっしゃるようになりますよ。

それに・・・恐らく殆どの男も
『危険な男ね』だとか
『悪いひとね』と、言われたときのほうが
男としては名誉に感じるものなのでは!?」


「あら、そうなの」


「そうですよ。
貴公子にあこがれるのは
修道院から出てきたばかりの
おぼこぐらいでは?」


「あなたが『貴公子にあこがれるような
おぼこには、興味が無い』と
言いたいことは、解ったわ」


初老の貴婦人は苦笑した。


「それにしても、若い娘が
このような類の話を、好むのは
理解できますが
『灰かぶり姫』に登場する、この王子だけは
わたくしには、良さが解りませんね。

初めて舞踏会で、出会って
数時間踊って話をしただけの娘が
脱ぎ捨てていった靴に
足が入った娘を妃にする、と宣言するなんて
将来、一国を担おうという立場の者としては
軽率もいいところだと思うのだけれど」

「あら〜
女の小さな足が、お嫌いな殿方なんて
いるのかしら〜
女の足は、エロチシズムの象徴だって
よく言うじゃないの。
それに、小さな足の女は姿も華奢で
愛らしくて、庇護本能をそそられるのでしょう。
いざとなったら、力で、ものを言わせることも
出来るし・・・
いろいろ、ご都合が良いことも
あるのでは〜!?」


貴婦人はスカートの裾から
ビロードに刺繍を施した婦人靴の
華奢な爪先を、ほんの一瞬
のぞかせて見せた。


貴公子は苦笑してから


「だから、ですよ。
その様なことを口にするのは、軽率だと
言いたいのは!
慎みがないと言うか・・・」

「あらあら・・・
あなたって、本当に慎み深い人ね」

「小さくて華奢なものに
視線が吸い寄せられてしまう
庇護本能と共に支配欲ををそそられる
というのは、まあ、男の心理としては
当たっていなくも、ありませんが・・・。

しかし、必ずしも、いつも、そうだとは
限らないのにな・・・。

小さくて華奢な足を
可愛いらしいと思うのも、それは
愛しい女の足だから、であって
大きくて甲高で、それに見合う長身を
しっかり支えて、大地を踏みしめている
足だって、健気でいじらしいと思うのは
それは、愛する女の足だからですよ」


「ま・・・ほほほ・・・
・・・まあ、しかたないじゃない。
これは、お話なのよ。

夜会向けの厚化粧をしていた女を
昼間捜そうと思ったら
靴を手がかりにするくらいしか方法を
思いつかなかったのでしょうよ。
そして、幸運にも、たまたま、あの夜の姫君は
誰よりも小さくて華奢な足の持ち主だった・・・
ということでしょう」

「ええ、そこのところは納得できます。
しかし、その事以外、王子の人となりを
表現しているところが・・・見えてこない。
そこのところが、引っかかるのだと思います。
子ども向けの読み物だとしても
これで、はたして良いのだろうか・・・。

女性だって、そうだと思いますけれど
男だって、男が、ただ、『王子様』『貴公子』と
十把一絡げに扱われているのを
目の当たりにすると
ちょっと、むっとするものですよ」


「それもそうね、ごめんなさい。
今後は、気をつけることにするわ」


「それにしても・・・
自分の恋焦がれる女が残した神聖な靴に
何百人もの女が足を捻じ込むことを許して
平気という、この男の神経は
わたくしには、理解出来ませんね」


「ああ、そう言われてみれば、そうね。
たしかに、なんだか気持ち悪いわ」


「わたくしだったら
自分で、娘を捜します。
そして、再び、めぐり合えたときには
跪いて、自分の手で
そのガラスの靴を履かせてやると思います」


「なるほど・・・
たしかに、あなたの人となりを
表わしている行為だと、思うわね・・・」



────でも、好きになったのは
ガラスの靴が似合う女でもなければ
それを欲しがる女でもないのよね・・・。



貴婦人は、心の中で呟きながら
貴公子に向って微笑んだ。
そして


「・・・さて
そろそろ舞踏会に出かけましょうか」


と言うと、手袋を嵌めた手を差し出した。

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