「やさしい雨」の部屋 2

□絹と宝石 その3 母と娘
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 それは、ある午後のことだった。

お嬢様は奥様のお部屋に呼ばれて
いらっしゃった。
その日は休日だったせいかお顔の色の良く
頬や顎の辺りも、いつもよりは
ふっくらとして
そのせいか、表情も、ゆったりとして
寛いでいらっしゃるように見えた。


「母上・・・
わたくしに装身具など誂えても無駄ですよ。
軍人に大きな石のついた指輪など
邪魔なだけですから。
どうか、ご自分の為にお求めになって下さい。
姉上たちに、あらかた持たせてしまったから
もう、幾らも残っていないでしょう」


「ほほほ・・・わたくしには、もう
必要ないのよ」


「では、甥や姪たちの為に
取っておいてください。

まだ小さいと思っている子達も
次々に大きくなってきますよ。
おばあ様として節目節目に
それなりの贈物をしなければ
ならないのですから。
これからも、金など幾らあっても
足りませんよ」


末のお嬢様も、なかなか倹しい方なのだ。
さすがは母娘だ。


奥様は苦笑しながら


「はいはい、わかりました。
でも、この石は
あなたの為に選んだのですから
あなたの物です」


と言って、お嬢様の手を強引に取って
ビロード張りの小箱を
その掌にお載せになった。


わたしは部屋の隅でお茶を淹れながら
はしたなくも、興味しんしんと言った表情を
していたに違いない。
わたしに気づいたお嬢様は
「興味があるなら、ルドヴィカも見においで」
と、やさしく手招きしてくださった。


その指輪は「大きな」と
言うほどのものではない、と思ったけれど
ごく控え目に小粒のダイヤに取り巻かれた
その青い石は、はっとするほど鮮やで
みずみずしく、美しかった。
鮮やかで潤んだような艶があり、それでいて
どこかやさしげな草花のような色・・・
あの矢車菊のような・・・。


わたしでなくとも
直感的に、これはお嬢様の為の石だと
思ったに違いないだろう。
だから、欲しもしないのに
無造作にその様な物を与えられるという
そのご身分に、羨ましいという気持ちすら
起こらなかった。それほど、その石は
お嬢様にふさわしかった。


だけど、当のご本人は
さして心を動かされているようには
見えなかった。


「このような美しいサファイヤに
出会うということは
一生のうちに何度もないと思ったの。

あなたのために選んだのですから
あなたが持っていなさい。
持っているだけでいいのです。
お守りだと思って、時々は取り出して
触れて、ながめてあげなさい。
石があなたを輝かせるのではないのです。
あなたがこの石を輝かせてあげるのですよ」


「まるで、生き物のように
おっしゃいますね・・・」


お嬢様が呆れたようにおっしゃると


「ええ、そうよ。
石は生きているのよ」


と、奥様は大真面目なお顔で
お嬢様の目を見つめながら、おっしゃった。


あのときの
つかの間の平和な午後の光景を
わたしは、時々
昨日のことのように思い出す。


       絹と宝石 その4 につづく

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