末裔たちの部屋

□異邦人たち その1
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 「女の体は曲線で、出来ているってことを
忘れかけていたよ」


注文を厨房に伝えるために
広間をきびきびとした大股で横切って行く
女主人の、後ろをふんわりと膨らませて
セットした栗色の髪や
紺色のサマーセーターと同色のパンツの
後姿を目で追いながら
ベルナールは、つぶやいた。


「おいおい、まだ、着いてから
半日もたっていないぞ」


「ああ、それもそうだな」


ベルナールは苦笑した。


「しかしここは、別世界だな」

「ああ、ここではポークチョップも
ソーセージも食えるし
ワインもビールもウイスキーもラムも飲める。
ああ、そういえば知っているか!?
ワインとラムは、もともとここが
発祥の地なんだぜ」


「へえ・・・」


「オリエントへようこそ。
そして、我々の再会を祝して」


俺たちはこの地方特産の火酒で乾杯した。
普段は沙漠で仕事をしているので
所用のために丸一日かけて
首都に出て来たときには
この、オリエンタルオーソドックス
(キリスト教徒)専用のクラブで
ささやかな息抜きをすることにしているが
そこにパリからやって来たベルナールを
案内したのだった。


立ち木で外からの視界を遮った
広大な敷地には芝生が植えられ
プールやテニスコートや
レストランやカフェなどが点在している。


店内はガラス張りのサンルームに
なっていているが
外が暗くなってから客が増え始めた。


ピアノの弾き語りが始まった。


聞きなれない言葉で聞く
「スタンド・バイ・ミー」も乙なもんだ。


我々の近くには落ち着いた雰囲気の
年配者たちのテーブル。


庭に面した方では
若者たちが、バースデーパーティをしている。
しかし、彼らのはしゃぎぶりにも
どこか、節度というものはあった。


それは
何世代も何世代も気の遠くなるような
年月を、異国で、少数派として生きてきた
民族特有の処世術なのだろうかと
ふと、思った。


 ベルナールは、俺の弁護士で
財産の管理人で、幼なじみで親友だった。
そして、これほど、くそ真面目な男は
ちょっと知らない。

淡い色の麻のスーツを着て
堅苦しく絹のタイまでしている。


「男にこそ、衣装は大事だ」


は、ベルナールのモットーだが
何と言うか・・・まるで・・・

あと髪型をどうにかすれば
「ポワロ」に出てくる
ヘイスティングス大尉だ。
中東にやって来る欧米人たちの中に
たまにいる、今どき勘違いなタイプだ。
半ズボンで歩き回るのと同じくらい
悪目立ちするから
「あの、ちょっと・・・」と
声を掛けたくなるが
『仕事があるので、観光している暇はない。
明日の夜には発つ』との事なので
何も言わないでおく事にした。


「・・・このアルマン・モリゾ氏は幾つかの
煽情小説と流行歌を残してはいるが
まあ無名の小説家と言っても良いだろう。
ルネ・モリゾという親子ほど離れた人物と
暮していた。

このモリゾ家はN・・・市で18世紀中頃から
海運業を営んでいた一族で、貴族ではないが
軍人や議員や弁護士を輩出している
ちょっとした名家だった」


「へえ・・・我がモリゾ家のルーツは
N・・・市のモリゾ家だったのか。
まったく知らなかった」


「まあ、アルマンとルネ・モリゾは
一族にとってあまり触れては欲しくない
人物だったのかも知れんな。
当時と今とでは状況が違うし。
アルマンはこのモリゾ氏の死の直前に
養子縁組をしている。
当時は同性婚というものも
なかったから・・・」


「同性のカップルが、どうしてまた
俺のご先祖様になるのかな?」


「このアルマン・モリゾ氏が
また、ソワソン夫妻の一人息子と
養子縁組をしている。
この人物が、後の薬学者で地質学者で
冒険家の、かのV・モリゾだ。
言わば、モリゾ製薬の祖になる人物だ」


そう、俺の家は、代々、薬屋だったらしい。
ご先祖様が作った、あのヘンな匂いのする
黄色い傷用軟膏の小さな缶は
フランスの家庭なら、大抵一個はどこかに
転がっていると言われる。
爺さんの代で、直接の経営からは手を引いて
いるが。


「そして、ソワソン家というのは
一応、貴族だったようだ」


「では、俺は、そのソワソン夫妻の
子孫というわけか!!しかも貴族!?
それが、なぜ、一人息子を平民になんぞに
養子に出したりしたのだろうな」


塩辛くて、ちょっと渋いオリーブの実を
口に放り込みながら問うと。


「さあ、その理由は解らんが
なにか、のっぴきならない事情が
あったのだろうな。
まだ革命後の混乱期のことだ。

そして、夫妻が絶対の信頼を
置いていた人物が
このアルマン・モリゾだった・・・
・・・俺はそんな風に考えた」

とベルナールは言った。


「同性愛者の煽情小説作家にか?」


当時と今とでは、状況が違ったのだろう!?



「アンドレ
俺が思うにな、おまえの父上の書斎から
発見された手帳・・・
アルマン・モリゾが残したという手記は
ある女性についての回想を記したものだと
ことわっているが・・・
その女性とソワソン夫人とは
同一人物ではないかと、俺は思うのだ」


    異邦人たち その2 につづく

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