末裔たちの部屋

□黒い瞳の少女 その2
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 「君は、怪我は?」


「大丈夫、一応、淑女として扱って貰った」


「・・・冷静なんだな・・・」


「そうでもない。
でも、巻き込んでしまって悪かったな」


「え?」


「どうやら、わたしを狙っていたようなんだ。
最初、気絶した君を
道端にうっちゃって行こうとしたので
とっさに嘘をついたんだ。


『王太子殿下!!』って」



「はあ!?」



「一般人だと思われている男に向って

『王太子殿下』って叫んだら
誰だって振り返るだろう!?

そこで、ここぞとばかりに
『このお方をなんと心得るか』

と喚き散らしてやったんだ。


『この方はお忍びで旅行中の
S国の王子で、政府の要人で
世界的に有名なテニスプレーヤーだ。
言わば、生神さまのような高貴なお方を
道端に捨て置くなどと
おまえたち、天罰が下るぞ』


と、口から出放題のでまかせを
言ってやったら、やつら、すっかり信じて
こいつは鴨ネギだって
一緒に拉致してくれた。

まあ置いて行って貰ってもよかったのだが
あんな炎天下に捨て置かれたら
熱中症と脱水症のほうが、恐ろしいと思った」



「よく、そんな、でまかせを信じて
貰えたなあ・・・
炎天下の田舎町をスイカを下げて歩いていた
俺たちを」


「頭が悪いんだろ。
あいつら腕力をつけるのに精一杯で
頭を鍛えるのをサボっていたのだろう。
もしくは、王族だの金持ちだのに限って
酔狂なことしているものだと
解釈してくれたか・・・」



いったい、この女の頭の中は
どうなっているのだろう。
一緒に働き始めて
一ヶ月が過ぎようとしていたが
未だに良くわからない。
有名な実業家の夫人のクセに
いや、だからかもしれないが
どこまでも世事に疎くって、無防備で
天然なんだと思わせて置いてくれながら
何かの拍子に、独楽のように滑らかに回転を
始めるから、面食らう。



良くわからないのに、俺は彼女に
恋をしてしまった。



そして・・・

たとえば、人は視線や言動と言うものを
本人が思っているほどには
制御できていないらしく
俺が彼女に恋をしているという事は
周知の事実になってしまったようだ。

そして「人妻に恋するバツイチ」に対する
特別、暖かいというわけでもないが
意地悪でもなく
まあ、どちらかと言えば、からかいや
憐れみや同情に近い、同僚たちの視線にも
いつの間にか、慣れてしまった。


リーダーのリサは俺と彼女を組ませてくれた。


一緒に飲みに行ったとき


「贔屓して貰っているみたいで、心苦しい」


と言ったら


「いいじゃないの。
それに、ここははあまりにも
殺伐としているのだから」


とリサは言った。



────恋する若い男の姿を眺めているのは
いいものだし
その姿はここが、まだ人の生きる世界だと
生きる甲斐のある世界だという事を
思い出させてくれるから。



とリサには珍しく、感傷的なことを言った。


しかし、肝心の彼女は俺の気持には
気づいていない。
それに気がついていたとしても
いや、本当に恋人だったとしても

『ああ・・・あなたが一緒でなかったら
わたし、今頃、どうなっていたか・・・』

なんて泣きながら、すがり付いてくる姿は
想像できないのだけれど・・・



しかし、連れの女を・・・
いや、惚れた女をを守れなかった男というのも
実に立つ瀬がないものだ。


ああ・・・情けない。


でも、君ひとり、拉致されたりしなくて
良かった。
そんな事になっていたら
俺は、今頃、頭がおかしくなっていたと思う。



    黒い瞳の少女 その3 につづく

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