末裔たちの部屋 2

□ティーカップ その1
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 ────わたしたちが新居に落ち着いた
その日に

真新しい白木の
飾り気はないがいかにも堅牢な作りの
テーブルと椅子が届けられた。


「父が贔屓にしている家具職人に作らせた」


とだけ走り書いた手紙が、添えられていた。



その数日後
風景画や小鳥や、果物や花を描いた
大小6枚の絵が届いた。


「物置にあったから」


とだけ、手紙には書かれていた。

その絵のおかげで
殺風景だった居間や
窓もなく陰気な印象だった玄関の間が
急に明るく暖かな雰囲気になった。


その数日後に
あの方自ら、茶器のセットを持って
訪ねてくださった。


金の縁取りの
白い地に青い籠目模様の
その籠目のひとつひとつに
ピンク色の薔薇が描かれているという
とても可愛らしい・・・。


そして
不釣合いな高価な物をと
恐縮しているわたしに向かって


「物置で埃を被っていたものだ。
恐らく、母がわたしの嫁入り道具にと
注文して、すっかり忘れてしまった
ものだろう。

まあ、使ってやってくれ。
そうすれば、母もこの茶器も喜ぶ」


そして


「たまには、これでお茶を淹れて
優雅なひとときを過ごすことを
忘れないでおくれよ。
貴婦人の心を忘れてしまわないでおくれ」


と笑いながらおっしゃった。

そして、ベルナールには


「まったく・・・
ベルサイユの舞踏会に出しても
恥かしくないような淑やかで美しい貴婦人に
育てあげたし
さあ、次はしかるべきところに嫁がせて・・・
と思っていたのに
正義漢の熱血新聞記者に
横からさらわれてしまった」


と、おっしゃると
ベルナールも


「それは、申し訳ないことをしたな。
しかし、女房には見る目があったのさ。
だから青白いうらなり貴族の御曹司より
この貧乏新聞記者の俺を選んだのさ。
おあいにくだったな」


と負けずに言い返した。
そして、あの方と一緒に笑った。


 ベルナールは

貴族を憎むことをバネにして育ってきたと
言っても、過言ではなかったけれど
あの方とだけは
屈託なく冗談を言い合うことが
出来たのではないかしら。



ベルナールとわたしは
お互いほとんど身よりもなければ
お金も、お支度もなかった。


そんな状況から始まったわたしたちの
結婚生活は、あの方にとっては
何とも心もとなく映られたのだろう。


実際・・・
ベルナールは困っている人を見ると
放っておけなくて
すぐにお金を貸したり
恵んだりしてまうので

わたしは彼のそういう心のやさしさを
尊敬し、愛していたけれど
途方にくれる日もあった。


そんなときに、まるで計ったかのように
しかし、ふらりと、大抵はベルナールの留守に
「仕事でパリへ来たから」と
肉や卵やお菓子や果物を下げて
あの方は寄ってくださった。

「母からだ」と言って、布を下さったことも
あった。

それで、ベルナールのシャツや
わたしの服を仕立てた。
本当に有り難かった。


ベルナールは
貴族を軽蔑し憎むことをバネにして育って来た
と言っても、過言ではなかったから
身分の高い人々が気まぐれに行う
あの慈善と言うものも毛嫌いしていたけれど
あの方からの贈り物だけは素直に受け取った。


    ティーカップ その2 につづく

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