「孔雀の羽団扇の行方」の部屋

□孔雀の羽団扇の行方 その1 天女
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 ────今朝はよくお休みになれまして


昨夜はおかげさまで
目の保養をさせていただきましたわ。
白いドレスで現れたあなたの美しかったこと。
お母様もさぞ、お喜びだったことでしょう。
わたくしも、あなたに煩がられているのを
承知で、長い間ドレスを着て夜会にお出になる
ことをおすすめしてきた甲斐がありましたわ。


突然、何の気まぐれか


『殿御の心理というものを
研究しておくのも後学のために悪くはないか』


とおっしゃったときには、驚いたのだけれど。


でも、実際、見ものでしたよ。

殿方というものは
天女のような女が現実に目の前に現われると
かえって怖気づいてしまって
声も掛けられなくなるものなのね。
でも、さすがにフェルゼン伯爵ね、他の殿方の
トンビにアブラゲさらわれたときのような
呆けた顔ったらなかったわ。

まったく夕べはわたくしを含め、他の女たちは
ペンペン草みたいな扱いだったわ。


でも、あなたったら突然帰ってしまわれたので
あなたの扇を預かったフェルゼン伯爵の
妹さんが、わたくしのところに持って
いらしたの。
近いうちに、お寄りになってね。

もう今朝から、あなたの身分を幾人かの殿方に
しつこく尋ねられていて、巧くはぐらかすのに
苦労しているところなのだけれど
わたくしを信用して下さっていいわ。
ただし、この埋め合わせは高くついてよ。

では、お母様にもよろしくお伝えくださいね。


         あなたの年上の友 より
  


         
すでに明るい日差しが差し込む部屋の
寝台の中で、手紙を読み終えると
彼女は、ほ・・・とため息をついて
それを傍らの卓の上に無造作に置いた。

そして、幼なじみの差し出す茶碗を



「のどがかわいていた」


と言って、殆どひったくるようにして
受け取ると、すすり始めた。


その隙に幼なじみは横目で手紙を盗み読んだ。


『天女だって!!そういう神性は
一緒に暮らしていたら、なくなる』


と、彼は、そっと苦笑する。


寝起きのすこしむくんだ顔に
もつれた髪が垂れ下がっている。

角砂糖を頬に含んで
熱心にカフェオレすすっている横顔は
未だに子供の頃のままだと彼は思う。


「あ、痛っ」


「どうした?」


「夕べ、慣れない靴のせいか派手にころんで
しまって
そうそう、曲者に・・黒い騎士にあった。
やつに背後から襲われかけた」


「何だって」


「逆に投げ飛ばしてやった。
口をふさがれたところを
こう逆手に取って、こう引き付けて・・・」


少年のように得意げに武勇伝を語る彼女に
彼は呆れて物も言えない。



「追いかけようとして
ドレスの裾を踏んづけてころんでしまって
誰にも見られなかったとは思うのだけれど
誰かに見られていたとしたら、恥ずかしいな」


「まさか、ころんだ貴婦人を
近衛連隊長だなんて誰も思うまいよ」


ふたりは顔を見合わせて笑った。



 いきなり背後から後ろ手をとられ
口をふさがれたのは不覚だったが
肘鉄をくらわせ、ほとんど反射的に
一本背負いで投げ飛ばしていた。

そして相手が跳ね起きて走り去ろうとするのを
追い駆けようと、一歩踏み出したとたん
ドレスの裾を踏みつけバランスをくずし
次の瞬間、胸を地面に叩きつけていた。



「う・・・痛っ・・・
何がどうなっているかわからん。
絡まって身動きがとれん・・・
落ち着け・・・あれが黒い騎士か・・・
まさか本物にあえるとはな!!」



彼女は暗闇でにやりと笑った。
それにしても、
一本背負いが決まったときは爽快だった。


「くそっ、こんな格好をしていなければ
後を追ったのに」


やっと身を捻って仰向けになり
息を整えているとおかしさがこみ上げてきた。


「星がきれいだなあ・・・
わたしはいったい何をしているのだろう」


そこへ、何者かが走り寄ってきて
助け起こしてくれた。


「おお、すまぬ、かたじけない」


物音を聞きつけ
衛兵や広間の人々が集まってくる。



『人に囲まれるのはまずい。立ち去らねば』


彼女は素早く立ち上がると
勝手知りたる庭をまわって
玄関に向かったのだった。



 「これから、すべての夜会に出席することに
する。スケジュール表を作ってくれ。
黒い騎士は夜会を狙っている」


「え、じゃあ毎晩ドレスで?」


「馬鹿っ、あんなもの着て動けるか!!

・・・わたしの顔に何かついているか?」



「頬に紅が残っている」



「わ、嫌だ。そういうことは早く言え!!」




    孔雀の羽団扇の行方 その2につづく



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