「やさしい雨」の部屋 2

□追憶 2
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 ────若い頃は・・・

この世に別れを告げなければならない時が
来るなどということは、思いも寄らなかった。

それが、死というものなのだという
実感も、なかった。

若い娘の自死に遭遇したときも・・・

か弱い、花のような精神を哀れだと思い
また、無性に悔しく腹立たしくもあったが
その死を、自分に結びつけて考えて見る
ということは、しなかった。

死は、何故だか
はっきりとした根拠もないのに
自分からは、はるか彼方に
あるような気がしていた。


前国王の棺に
騎馬で付き添っているときにも
決闘を受けたときも
剣の下を掻い潜ったり
爆風に吹き飛ばされたり
地下牢に閉じ込められたり
そんなときでも・・・

やはり、そうだった。



────初めて、死を自分のものとして
意識したときは・・・やはり
あのときから、だったのだろうか・・・。


掌に広がっていた赤い色を見て
わたしの中で、もはや
どうにもならないことが起こっていることを
知った瞬間・・・。

それは、近い将来
独りで、この世を去らなければならない
彼との別れの時が、来る・・・という
宣告でもあった。

それを知る前のわたしは
知ってしまった後のわたしに較べれば
どれほど幸福であったことか・・・。



────そして、あの夏の二日間・・・

降り注ぐ銃弾や瓦礫
怒号、うめき声、苦悶の表情
血に濡れた石畳
折り重なって横たわる屍・・・・
もう、微笑み返してはくれない
幼なじみの顔・・・。


「すべてが終わってしまった。
もう、何の未練もない。
あとは、彼の元にいくだけ」


と、そう、思っていたのに


生き残っていたのは
先に逝くはずだった、わたしと
この、わたしの身体だった・・・。



────そして、また
わたしの心と身体は、ゆっくりと回復し始めて
目の前にいる男と、生きて行きたいと
思い始めている・・・。



「なあ、班長
この世は不条理に満ちているけれど
人の心だって、説明のつかない矛盾に
満ちていている・・・
しかし、そういう人間が
共に生きているのがこの世なのだ、と思うと
この世の不条理もまた、納得できる・・・
そう、思えてこないか?」


「そうですね・・・。
俺も・・・

『許せない』と思いながら

どこかで許したいと・・・
この憎み続ける自分の感情から
自由になりたいと・・・
思ったのかもしれません。
それが、また、悔しいのだが・・・」


「それで、いいのだと、思う。
無理に憎もうとしなくてもいいし
許そうとしなくてもいいのだと、思う。
無理に自分を納得させなくても・・・。

ただ・・・
・・・わたしたちの手は、もうあまりにも
血に染まりすぎていると、思わないか?」

        追憶 3 につづく

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