「やさしい雨」の部屋 3

□冬の旅人 その5 冬薔薇
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 目を開けるとそこには
くすんだ薔薇色の海が広がっていた。


男は薔薇色のブロケードを張った
天蓋つきの寝台の中で、目を醒ました。


寝台の帳も
壁布もカーテンも鏡台の覆いも
ソファーもその上に重ねられたクッションも
薔薇色だった。


昨夜は、久しぶりにぐっすりと眠れた。
そのせいか、この数ヶ月の疲れも
すっかり取れて
生き返ったような気持ちだった。


窓の外は晴天で、中庭を見下ろすと
白い冬薔薇が控え目に咲いていた。


身だしなみを整えて、客間に下りて行くと
老人が、暖炉の前に坐っていた。
そして、彼に気づくと立ち上がって出て行き
すぐに奥から朝食の盆を運んで戻って来た。
そして、昨夜と同じ卓に置いた。


「おはよう。奥様は?」


「夕べのうちに帰った。
わしに辻馬車を呼びにやらせて、ひとりでな。
鍵をあんたに預けると
好きなだけ居てくれて良いと言っていた。

わしは、出来るだけ世話をしてやってくれと
言われている」


昨夜は、黒髪だった客人が
今朝は、銀色の髪で現れたというのに
老人は、驚いた様子を見せなかった。

そればかりか
昨夜はどことなく荒れてやつれ
ぎらついた目をしていた男が
本来の毛並みの良さをうかがわせる
端正で明るい印象を
いく分取り戻しているのを見て
かすかに表情を和らげたのだった。


「そうか・・
しかし、気が変わった。
今日、旅立つことにした。
パリに戻りたくなったんだ。
奥様には、礼を言っていたと伝えてくれ。
それから会えて嬉しかったと」


「わかった」


「わたしは、彼女の初恋の相手だったそうだ」


庭師は興味のなさそうに
窓の外の庭を眺めている。


「冬枯れの庭に咲く、白い薔薇も
また佳いものだなあ・・・」


────東洋の伝承ではね
女があの世に行くときには
最初に契った男が
手を引いてくれるのだそうだ・・・。


彼は、昨夜、彼女が呟いた言葉を
思い出していた。


「なあ、美しい女だと思わないか?
姿かたちではなく、心が。
彼女がそこに居るだけで
心が温かくなるような
生きていくことを励まされているような
そんな気がしないか?」


「・・・そうだな」


庭師も窓の外を眺めながら
そっとつぶやいた。


         冬の旅人 おわり

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