末裔たちの部屋

□沙漠 その2
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 首都を出発してから
翌々日の昼前に、難民キャンプに着いた。



リーダーの、年配のアイルランド人の
女医の診療室に、直接、着任の挨拶に
出向いたら、いきなり


「あなたA・・・語は出来る?」


と言われた。

「はい、出来ます。S・・・方言ですが」

「だいじょうぶだと思うわ。
着いたばかりで悪いのだけれど
すぐ行って欲しいの。
昨日、輸送機で大量の物資が一度に届いてね。
ロジスティシャンたちが
仕分けに追われているのだけれど
通訳が足りなくて、うちの医師がひとり
駆り出されているの。
でも、診療所にだって人が足りないんだから
出来れば、すぐ交代して来てほしいわ」


 診療室に手荷物を置かせて貰って
現場に行くと
もうもうと砂埃が舞い上がる中に
木枠梱包の箱や
小さなダンボールの山の中を
人々が動き回っているのが見えた。


肩に段ボール箱を抱えて通り過ぎようと
した浅黒い肌の少年に、声を掛けた。


「J・・・医師はどこですか?」


「ああ、あそこ立っている人」


指さす方を追うと
灰色のつなぎに麦藁帽子を被った
ほっそりとした白人の青年が
白いだぶだぶのパジャマのような服を
着た、浅黒い男たちに向って
身振り手振りまで駆使して
何か説明しているのが見えた。


近づいて言って


「J・・・医師ですか?
A・モリゾと言います。
リーダーのキンセラ医師に交代するように
言われてきました」


と声を掛けると


「ああ・・・」


麦藁帽子とって背中追いやると
短く切った金色の巻き毛が零れ出た。
それから、レイバンを外すと
滑らかな肌とともに
驚くほど精緻に整った
陶器の人形のような顔が現われて
俺は、はっとした。


そして、長い睫が
しばらく瞬きを繰り返していたかと思うと
矢車菊の色の宝石のようなふたつの目が
ぽっかりと現われた。


そして、親しげに微笑んだ。


うっすらと日に焼けた首筋に比べ
立てた襟から僅かに覗く鎖骨に張り付いている
皮膚は、ひどく白く薄そうで敏感そうだった。



女だ・・・・
しかも、凄く綺麗な。


「首都から連絡があったので
お待ちしていたところなんです。
ようこそ」


低く掠れた、それでいて甘い少年のような
声の口調が、そこで、いきなり変わった。



「ところで、A・・・語は出来るの?」


さっき会った女医も、たしか同じ事を
聞いてきたっけ。


「S・・・方言だけれど」


「じゃ、これがマニュアル。
スタッフには、今、わたしが、一通り
説明したところだけれど、これをざっと読んで
質問してきたら、答えてやってくれ。
解らないことは、あそこにいる彼に
聞いてくれ」


それから、彼女は俺の肩越しに


「ニコラ〜ス、ひとり応援がきたから
わたしは抜けるぞ〜
後はよろしくな〜
わたしは診療所に戻るから〜」


と、向こうに居る大柄な
男に向って叫んだ。


そして、再び、俺の方に向って言った。


「なに、平気だよ。
肝心なことは、次の嵐が来る前に
倉庫に収めてしまうことなんだから。

あ〜まったく・・・
足りないものはいつも足りないし
余っている物は、結局いつも余っている。
抗生物質より、うがい薬や石鹸や
ピーナツバターが、もっと欲しいと
言っているのに
わたしらの要望が通ったためしがない」


彼女は苦笑しながら言った。


「では、わたしは診療所に戻るから。
あなたも、なるべく早く抜け出してきてくれ。

では!!」


そして
その、ぶっきらぼうな男の子のような口調に
あっけにとられている俺の手に
彼女は、マニュアルを押し付けると
そのまま足早に、去って行ってしまった。



       沙漠 その3 に続く

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