末裔たちの部屋 2

□雑木林 その1
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 重々しい鉄の扉がゆっくりと開く。

そこで止まっていると
詰め所から顔見知りの年配の警備員が
会釈をしながら出てきて
すぐに遮断棒を上げてくれた。


冬枯れの雑木林の中の舗装道路を進むと
不意に視界が開けて林を切り開いた広場に出た。

広場の隅の屋根つき駐車場には
今は3台の車しかない。

運転手には

「少し、歩きたい。1時間程で戻る」

と言い置いて、車を降りた。

そして広場を横切り
雑木林の中の細い遊歩道の方へ
入っていった。



湖を中心にした広大な敷地内には
ヴィラが点在しているが
今の季節、ここに居るのは引退した定住者たちだけだ。
だから、あたりはしんと
静まり返っていた。


鮮やかなポロシャツに白いショーツ姿で
きまってラブラドールレドリバーを連れた
ラコステの広告写真から抜け出てきた
ような男女や
退屈して、自転車で同じところを
ぐるぐる回っているらしい子どもと
擦れ違うこともない。


冬枯れの雑木林の中の道の
三叉路や四差路に立つ標識と記憶に
残っている建物を頼りに歩いて行くと
木立の合間から広大な芝生の前庭と
その奥に建つライト風の平屋の
J・・・家のヴィラが見えてきた。

その前庭が終わるり木立が再び始まると
その向こうにチューダー様式の二階屋が
現われる。

木立の中に自然にできた細い道を通って
庭に入ると、玄関へは回らず
そのままベランダへ上った。
家の中には、特に用はなかった。


ベランダのあちらこちらの隅には
落ち葉が溜まり
松ぼっくりが転がっている。
そこに置かれた籐のイスも色が剥げて
古びていた。
さびかけた鉄枠のガラスのテーブルにも
落ち葉や砂埃が厚く積もっていた。

記憶では、藤のイスには白い塗料が塗られ
大きなレモンイエローの
キャンバス地のクッションが載せられてい
た筈だった。

そこに腰を掛けると

庭の向こうに
今、歩いて来たばかりの
冬枯れの雑木林の中の細い道が見えた。




 「ねえ、クロードお願いよォ・・・
この休み中に、5つも英語のエッセイを
仕上げないといけないのよ。
手伝ってちょうだいよ?」

カトリーヌは
水色に貝殻の模様のプリントの
サンドレスから伸びる
綺麗に手入れされた滑らかな小麦色の足を
ゆっくりと組み直すと
長い金色の髪を両手で掻き上げた。

それから、ガラスのテーブルから
オレンジエードのコップを
とって一口飲んだ。


「そんな事言って
本当は、僕に全部書かせる魂胆だろう?
それでは本人の為にならない」

「だって、苦手なんですもの。
フローリアンには
手伝ってあげていたじゃないの
ねえ、そうでしょ?」

カトリーヌが、同意を求めるように
僕の方を見た。

「フローリアンは、一応、自分で
書きあげてきたよ」

「意地悪を言わないで
可愛い妹を助けると思って
ねえ・・・お願いよ」

カトリーヌはクロードを
上目づかいに見上げた。


その目や仕草には
すでに媚態の匂いがある。


去年までは、一緒に鬼ごっこや
水遊びをするような
さっぱりとした気性の
やさしい年上の従姉妹のようだったのに
今年はすでに大人の女の風格を身に着けて
嫣然と微笑んでいる。

まるでペルシャ猫の女王のようだ。

それが、僕には何となく
居心地悪が悪かった。


     雑木林 その2 につづく

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