末裔たちの部屋 2

□雑木林 その3
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 3人でテラスでオレンジエードを飲んで
いると、雑木林の細い道から、不意に
白いTシャツとブルーグレーの
ランニング用のクロップドパンツ姿の
金髪の男の子が現われた。


まるで、ほっそりとした小鹿が
庭に迷い込んできたような印象だった。


「O・・・」


カトリーヌが、声を掛けた。


「あなたもこっちに、いらっしゃい。
一緒にオレンジエードを飲みましょうよ」



「今はいらない」


「あら、お姉さんが
『こっちへ、いらっしゃい』と
呼んでいるときは素直にくるものよ。

G・・・家のクロードとフローリアンよ。
挨拶して」


と言った。

男の子はしぶしぶ、側にやって来た。
近づいてくるにつれて
恐ろしく顔立ちが整っているという事が
解った。


「わたしの末の妹のO・・・よ。
夕べ着いたの」


金髪の少女はペコリと頭を下げると
カトリーヌの側に座った。
そして姉が注いだコップを
素直に受け取ると、飲んだ。


顎のところで切った金色の髪
反り返った睫
青い宝石をはめ込んだような瞳
薔薇色の血色を浮かべる白い頬


まるで精緻に作られた陶器のお人形が
ジュースを飲んでいるみたいだと
僕は思った。
クロードとカトリーヌも
同じように感じているようだった。


人間に変化しそこなった陶器のお人形の
ような、精緻で不思議な静謐を湛えた顔も
男の子とも女の子ともつかない
無論、女でもないほっそりとした
身体つきも
むしろ、そのために
男も女も大人の目も惹きつけて
しまうのだろう。


そして、当の本人には
まだその意味を解っていないようだけれど
自分の周りに流れる緊張だけは
敏感に感じ取っているようで、何となく
居心地悪そうにしている様子だった。



彼女は、一気に飲み干してしまうと

「シャワーを浴びて、着替えたいから」

と言って、立ち上がった。


その瞬間

やっと、子どもらしい

髪に絡んだ汗が乾いていくときの
あの藁のような日なたくさい匂いを
嗅いだ。


そして、彼女は再び庭へ降りると
庭続きのJ・・・家のヴィラの方へ
去っていってしまった。


彼女を陶器のお人形のように
見せているのは、愛想のなさのせいも
あるのかもしれない。


カトリーヌの説明では

────健康上の理由で
田舎の祖父母に、乳飲み子の頃から
預けられていたのだけれど
このたび祖父母が相次いで亡くなったので
再びパリに呼び寄せられることになった
末の妹

という事だった。

「夏休みを待って
パリの学校に転校させたのだけれど
手続きに今まで掛かったっていたので
ここに来るのが、ひとり遅れたのよ」

「里子なんて、18世紀の貴族社会
みたいだな・・・」

「ふふふ・・・
G・・・家とJ・・・家は
その末裔じゃない。
だから、わたしたちってこんなに
怠け者で自堕落なのかしら」


「関係ないさ。
親たちが消えてくれたからさ」


とクロードが言うと


「それもそうね」

と、カトリーヌは苦笑した。



「それにしても、綺麗な子でしょう。
ちょっと無愛想だけれど。

少し変わっているのよ。
育ちのせいね・・・無愛想なのは。

元軍人だった祖父に厳しくしつけられた
せいもあるかしらね。
まるで、男の子みたい・・・というより
まるで、ちいさな兵隊さんみたいなの。
ひとりで早起きして、庭を走って
日課にしたがって生活をしているの。
今、食堂で食事をしているのは
あの子くらいじゃないかしら。
まあ、だいたい、どこで何をしているか
解るから、安心だし
手が掛からなくて、良いけれど・・・
なんだか・・・見ていると
可愛そうにもなってくる子よ」


だからカトリーヌは新しく出来た妹を
懸命に可愛がってやろうと
しているのだろう。


「田舎に預けっぱなしだったのも
健康を慮ってというのは表向きの理由で
祖父母があの子を手放したがらなかった
からだし
両親も、遅くにできた手の掛かる子どもを
積極的には、とり返そうとは
しなかったせいなのよね。

たまに、大人ってすごく勝手よね」


カトリーヌの口調は妙に大人びて
聞こえた。
サンドレスの細い肩紐が食い込んでいた
白く丸い肩やふっくらとした
二の腕のように。


しかし、あの女の子の
クロップドパンツから覗いていた
ふくらはぎは、まだ細すぎて
男の子のものとも女の子のものとも
つかなかった。


それなのに、その夜ベッドに入った
僕の瞼の裏に浮んで来たのは


あの清流を泳ぐほっそりした魚めいた
白いふくらはぎの方だった。


    雑木林 その4 につづく

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