末裔たちの部屋 2

□雑木林 その4
1ページ/1ページ

 J・・・家の末っ子に再会するのは
それから3年後の僕が16歳の時だった。


その夏は英国やカナダでの夏期キャンプ
には参加しなかったので
兄弟たちと一緒にヴィラで過ごすことに
なったのだった。


学校での数日間の補習を終えた後
一足先に着いている兄弟たちに合流した。


着いた翌朝も3年前と全く同じように
テラスでクロードとカトリーヌと3人で
グレープフルーツジュースを飲んでいる
ときに、彼女は、不意に
林の小道に現われたのだった。


もしかしたら、僕は期待していたのかも
しれない。
そこに、ぼんやりと目を据えて
いたのだから。


しかし、あの時の少年のようだった姿は

やはり白いTシャツと
ブルーのクロップドパンツという格好の
ほっそりとした小鹿が現われたような
印象は、あの3年前の夏とは変わらないと
思ったのに


一歩づつこちらへ近づいてくるにつれて
美しい少女に変化していったので
僕は面食らった。


彼女は、もう誰が見ても
すらりとした美しい少女だった。


「O・・・こっちへいらっしゃい。
フローリンよ。
夕べ着いたのですって。
久しぶりでしょう。ご挨拶して」


「ああ、久しぶり・・・」


彼女は、はにかんだような笑顔を
浮かべながら
カモシカのような長い足で近づいて来た。

風に吹かれている枝のように
微かに左右に揺れる独特の優雅な歩調で。



「やあ・・・」


僕らは、はにかみながら挨拶を交わした。



「今も走っているの?」


平静を装いながら、僕が聞くと


「ああ、子どもの頃からの習慣だから
もう、走らないと、落ち着かないんだ」


と、タオルで
首筋の汗を拭いながら彼女は言った。


顎の辺りで切り揃えた金髪の巻き毛が
揺れる。


カトリーヌが苦笑しながら

「この子はね。変わっているのよ。
母が『そんなに身体を動かすのが
好きなのならば、テニスクラブやジムの
費用を払ってあげる』
って言っているのに
『庭で走るからいい』ってことわるのよ」


と言うと

「それはね
姉さんたちがお金を無駄にしているのを
散々見て来たからさ。

いろいろパンフレットを集めて
『ここは綺麗』
『あそこには良い男が集まるって話よ』
って大騒ぎして決める割には
5回も行けば、飽きてしまって
『このウェア、そろそろ流行遅れだわ』
『今日は、お化粧が決まらないわ』
『気分が乗らないわ』って
行かなくて良い理由を
捜し始めるんだから。

それに比べたら
庭を走ったり部屋でスクワットするのには
決心も、たいして支度も、それにお金も
かからないからさ」


と、朗らかに言い返す。

彼女は見違えるように明るく快活な少女に
なっていた。

そして、たしかに、ほっそりしていても
程よく筋肉のついた肩や手足は
いかにもしなやかで強靭そうだった。


「O・・・は良い奥さんにあるぞ。
僕が保証する」


クロードが言うと
カトリーヌが言った。


「でも今のところ結婚願望はないのよね。
この子はね真剣に身体を鍛えているのよ。
医師を目指しているのよ。

それもスラムや紛争地帯に
派遣されるような。
テレビで、そういう活動をしている人たち
を見て、憧れるようになったのですって」


「へえ・・・」


「今のところ、まだ、夢でしか
ないのだけれど・・・」


彼女がはにかんだように微笑んだ。


「あ、そうだわ。
フローリアンは生物が得意だそうよ。
勉強見て貰えば?」


「本当?」


「僕で解るようなことなら・・・」


カトリーヌとクロードが一瞬
目配せを交わしたような気がした。


「フローリアン、お願いよ・・・

『血中カルシウム濃度を上昇させる
ホルモンて何だったけ?』とか
糖尿病に至るメカニズムについて
いきなり質門される身にもなって頂戴。
『ネットで調べなさい』としか
言いようがないなんて、姉としては
立つ瀬がないわ」


「僕の未来の奥さんとしてならば
ホルモンだとか
血糖値に関心がなくても
一向に差し支えないよ」


クロードがカトリーヌの頬にキスをした。


「そんな、難しいこと
もうやっているの?」

と僕が聞くと


「好きだから。
それに生物は大事だから
自分でも参考書を読んでいる」

と、彼女は言った。

3歳年下の女の子と共通の話題が出来たことは嬉しかった。


     雑木林 その5 につづく

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ