末裔たちの部屋 2

□雑木林 その8
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 「マダム
庭を見せていただいていいですか?」


出来るだけ愛想よく
余所行きの笑顔を浮かべながら言うと


「ええ、どうぞ、どうぞ」


シルビアは、少しほっとしたような
顔をした。


「本当に可愛らしい・・・
まるでアドニスのようね。
あと数年したら、この子も
お兄様のように美しい青年になるのね」


なんて、お世辞を言ってくれていたけれど
このオバサンの審美眼でもって
誉められても
あまり嬉しくはない気がする。

なにしろ、ここのヴィラの庭はなんとも
俗悪で・・・

ノームや、大きな毒々しい色の茸や
作り物の小さな滝や水車小屋などで
ノームの世界を設えてあったのだけれど

なんというか・・・

まるでディズニーランドか
写真でしか見たことはないけれど
昔、香港にあったという
何とかガーデンとかいう庭を彷彿と
させるような・・・

でも、眺めていたら、よい暇つぶしに
なりそうだと思ったから、出てきたんだ。


しかし、庭に立ってノームの
滑稽な顔を眺めていると
何だか急に、馬鹿馬鹿しくなってきた。


何故、好きでもない女の子を
待っていないと、いけないのだろう。
いや、待たされているのが好きな子
だったら
きっと退屈しないのだろうけれど・・・。



ふいに香水の甘い香りを感じて
振り返ると
そこにエマニュエルが立っていた。


やや浅黒い肌と真ん中で分けて垂らした
鏡のように輝くまっすぐな褐色の髪
豊満な身体の線をいっそう引き立てる
シルクジャージーのブルーのドレスに
グラデュエイター風のハイヒールの
サンダルが、最高に似合っている。

たしかにく美しい・・・
まるでアマゾネスの女王だ。
シルビアを若返らせたら
エマニュエルになって
エマニュエルを老けさせたらそのまま
シルビアになるんじゃないだろうか。
女優になったら、どんな役が
似合うだろうか。
「トロイのヘレン」とか「クレオパトラ」
かな。


「やあ」


「こんにちは。フローリアン」


「久しぶり。
君とご近所になれるなんて、嬉しいよ」


「それって皮肉?」


「いえ、とんでもない」


「良かったわ。
てっきり嫌われているのかと思ったわ」


そう言って、彼女は嫣然と微笑んだ。

彼女が現われたときの僕の眼の色から
称賛を読み取ったのだろう。
自分の勝ちを確信しているかのようだ。


勝利を確信した女神の顔は美しい。


「へえ・・・
そんなこと、思っていたの!?
僕の方こそ、君に嫌われていると
思っていたよ」


「あら、それはあなたの気のせいよ」


勝利を確信した女神の顔は、たしかに
美しい。
内側から、ぎらぎらとした光を
放っているようだ。


たしかにエマニュエルはスターの素質は
あると思う。
瞬きするたびに、ばさばさ音が聞こえて
きそうな付けまつげにも
大げさに釣り上げて描いたアイラインにも
ブロンズ色に塗った肌にも
彼女の個性や威厳は全く損なわれては
いない。
いや、むしろ、それらを味方につけて
圧倒されるような気魄を
辺りに放っている。
まさにスターの顔だ。
もしかしたら何年か先まで全世界に向って
発信される類のもの、なのかもしれない。

「伝説的な美しさ」として。

でも、それは、エマニュエルに
ただ、そういう才能があるって
だけのことなのではないのだろうか?


人々が「伝説的な美しさ」と
呼んでいるものの正体の殆どは
実は、そういうことではないだろうか?


特に女優の美しさの正体とは
実は類まれなるその才能なのでは!?


僕は父や叔父の仕事柄
小さい頃から映画スターやその卵たちを
身近で見る機会があったから
少し醒めた目で見るクセが
ついているのかもしれないけれど。

そういう才能だって十分素晴らしい
称賛されるに値する才能だと思うけれど
でも、その美しさに感嘆する前に
僕はその才能の方に
感嘆してしまうのだと思う。


そして・・・

「称賛」や「感嘆」と「好きになる」は
また、別なのでは、ないのだろうか。


たとえば・・・

僕が好きになる子は
もっと違うタイプなんだ。


もちろん、その子だって美しいと思う。
たぶん、負けないくらい。

でも、もっと風のようにさり気なくて
水のように素っ気無い
素のままの美しさなんだ。

でも、その美しさは
さり気なくて、素っ気無いから
たまに見失ってしまうことも
あるのだけれど
一旦、見失ってもいつの間にか
また、そこに視線が戻って
きてしまうという・・・

そういう美しさなんだ。

そして、何故、こんなにさり気ないのに
僕の視線はひきつけられるのだろう
何故、そんなにも美しいと感じて
いるのだろうと
自分の心に問いかけたくなってしまう
ような・・・

だから、自然で素のままかと思えば
実は、無限に力強く複雑なものを
秘めているような・・・


それが、僕にとっての・・・。


「何とか言ったらどうなの!?」


エマニュエルが苛立った声をあげた。


   雑木林 その9 につづく

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