さまざまな部屋

□鏡の中の貴婦人 その1
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 「あ〜あ、髪がばさばさだ・・・」


金モール飾りの肩章付きの華やかな士官服の
将校は、壁に貼られた鏡に映った自分の顔に
一瞥すると、小さな悲鳴を上げた。


「おまけに肌は荒れているし
目の下にはクマが出ているし
我ながらひどい顔だ・・・
この顔で鏡張りの廊下を歩くなんて
まるで拷問だ」


「へえ・・・
お前でも、そんな風に考えることも
あるんだな。
それでひどいもんなら
美顔術に半日は掛けるこの宮廷の貴婦人方など
立つ瀬がないだろうよ。
おまえはいつだって綺麗だよ
その徹夜明けの少しやつれて
気だるげな顔もなかなかそそられる」


ふたりは、しかつめらしい
さも極めて事務的な会話を交わしていると
いった表情を浮かべながら
天井画やシャンデリアや薔薇色の大理石
金色に塗られた彫刻で彩られた鏡張りの回廊を
渡っていく。


「ふん!!
それは惚れた男の欲目ってやつだな」


「おや、惚れた男の欲目では不服か?」


「ああ、もっと客観的な言葉で
わたしが納得するように褒めたたえろ!!」


「おやおや・・・
なんて欲張りな女なんだ!!」


「ふふ・・・
女の本性は欲張りなのだ、よく憶えておけ。

ところで、われわれは傍目には
どのように映っているのだろうな・・・」


「『端正で凛々しい青年士官とその従卒』
とでも、映っているのではないか!?
まさか我々が同衾している様子を想像する者は
いないだろうよ」

「それは、わからんぞ。
まあ、わたしとしては、我々が同じ寝床で
上になり下になりしているところを
想像してもらっても一向にかまわん
受けて立とうじゃないか」

「ふふ・・・いったい誰に向って
何を張り合おうって言うんだよ。
とりあえず、もう少し声を落とそう」


「ああ」


ふたりは目を会わせると
お互いにしかわからないやり方で苦笑した。


ふたりはしばらく黙って果てしなく続くと
思われるような鏡張りの廊下を歩いていたが
ふと、彼女の足が止まった。


「ああ・・・ここ・・・たしかこの場所だ。
この鏡だ・・・」


「この鏡が何か?」


彼女は彼の問いには応えずに
放心したかのように鏡の中を見つめている。

やがて、おずおずと片手を伸ばすと
その冷たい表面に掌で触れた。



「オスカル?」



「・・あ、あ・・・」


彼女は、急に我に返ったかのように瞬きをし
掌を離した。


「どうかしたのか?」


「いや、なんでもない」

そして、ふっと口元に笑みを浮かべると


「なんでもないんだ。行こう」


と、彼に向って振り返って言った。



    鏡の中の貴婦人 その2 につづく



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