さまざまな部屋

□鏡の中の貴婦人 その2
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 「さっきは、何故、鏡の前で
ぼんやりしていたんだい?」


彼が問うと


「本当に何でもないんだ」


と彼女は言った。

そして、しばらく考え込んでいる様子だったが
やがて、思い返したように口を開いた。


「そうだな・・・
もう、すっかり忘れていたことなのだけれど
お前には聞いて貰おうかな・・・
・・・あの・・・何を言っても
呆れたり笑ったりしないって約束するか?」


「俺が今まで、お前が大真面目なときに
笑った事はあるか?」


「ああ、そうだな・・・
いや、笑われても仕方がないような
自分でも信じられない事なのだけれどね。
でも、わたしにとっては本当に起こった
事なんだ。
それが本当の事だったのか幻だったのかは
未だに自分でもよくわからないのだ
けれど・・・
聞いてくれるか?」




 ────その少女が、わたしの前に
現われるようになったのは
いつの頃だったか・・


最初は屋敷や庭で・・・

しかし、それはジョゼフィーヌ姉か
母上の友人に伴われてきた令嬢か
もしくは全くの気のせいだと思うことに
していた。


しかし、屋敷以外の場所にも
現われるようになったんだ。


宮殿の居並ぶ貴婦人の群れの中に
その顔を見つけたときには
思わず我が目を疑い、震えた。



今なら

「それは思春期特有の気鬱のせいだ」

とでも説明されれば、納得がいくような気も
するのだが
その真っ只中にいるわたしとしては
「見える筈もないものを見ている」
ということで
そうとう気が動転していたのだと思う。
そしてまた、相談する相手もなく
誰かに打ち明けたところで
信じて貰えまいと決め付けていたのだろう。

そして、その当惑の中には、何と言うか
巧く説明がつかないのだけれど・・・

誰かに助けを求めたいと思いながらも
誰にも知られたくないような・・・


そう・・・

羞恥に近い感情も混じっていたと思う。

だから、誰にも打ち明けられずに
ひとりで悩んでいたんだ。


 ────いつも現われるわけではないんだ。

頻繁に、と言うわけでもなく

「あれは気のせいだ」
「他人のそら似だ」
「緊張の余り、幻覚を見たのだ」

そうやって自分を納得させ
ようやく忘れた頃に
突然、唐突に現われるんだ。


そして、その少女と初めて言葉を交わしたのは

それは恐らく王妃様にとって
そして、わたしにとっても
それは後に振り返ってみて忘れられない夜と
なるのだが・・・
王太子妃の護衛として出かけたオペラ座の
仮面舞踏会だった。

人々がおしのびで現れた王太子妃に気づき
騒ぎ始めたので
女官に貴賓室にお連れするように言いつけ
「最悪の事態は回避できた」と
ひとりで、ほっと一息
着いていたときだった。



   鏡の中の貴婦人 その3 につづく



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