末裔たちの部屋 4

□伝説 その2
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 「その人も、フローリアンのご先祖様同様
人目を引く、華やかな容姿の人物であったには
違いはないね・・・

でも、殆ど記録が残されていないのは
不可解だね。
女教皇は中世の伝説だけれど、こっちは近世と
いうより、もう近代だろう!?」


「たしかにね
産業革命も真っ只中の時代なのにね。
まあ、当時の親族か
もしくは復古王制の頃の子孫が
それこそ一族総出で躍起になって痕跡を消して
回ったということではないかな」

「ああ、そうか!!
世間では英雄と称えられても
見方によっては裏切り者だからね。
代々バリバリの王党派の家柄だったとしたら
世間にもご先祖様にも子孫にも
顔向けできぬと・・・」

「でも、その場に立ち会った人たちの
記憶までは消せはしないから
口から口へと語り継がれ・・・
だから、かえって伝説的な人物に
なってしまったのかもしれないね」


「たぶん、そんなところだったのだろうね」


「そのような伝説的な人物と愛し合って
いたんだね
このフローリアンのご先祖様は!!」

「ふふ・・・ただの言い伝えだよ。
もともとは誰かの思いつきか
憶測から始まったのだろう」

「いつだって無責任なヒマ人がいるんだな」

「ヒマ人はいつだって無責任なものさ

まあ、同時期に同世代で宮廷にいたんだ。
顔見知り同士ってところじゃないのか」



薄暗い絵の中で白馬に跨り、澄ました顔をして
僕らを見下ろしいている18世紀の若い軍人も
実は僕らの会話に聞きながら
そっと苦笑しているような気がしてくる。


「でも、もし本当だったとしたら・・・

フローリアンのご先祖様と彼女は
愛し合っていたのだけれど
結局、思想の違いから袂を別つことに
なったのかな・・・。

でも、思想のせいで愛し合うもの同士が
袂を別つことになるものかなあ!?
お互い愛し合っていたのだとしたら
なんとか・・・だとえば妥協とか協調とか
そういう選択肢はなかったのだろうか?」


と、O・・・は言った。


「そういう時代だったのだろう」

「それにしても、王家に絶対の忠誠を誓うのが
近衛士官だろう!?

彼の立場ならば、その場で彼女を討っていたと
しても、それは已むおえないことだったろうし
あっぱれと称えられこそすれ
責められることもなかっただろうし
彼女も反逆者として討たれていたとしても
しかたがなかったんだよね。

彼らの関係が血の惨劇で幕を閉じていたと
しても、不思議はなかった・・・」


「そうだね」


「でもふたりには軍人である前に
お互いに対する愛があった。

だけど、これだけは絶対に譲れないという
誇りとそして勇気もあった。

そして、見守っている人たちも
それを解っていた。

命を預けた方にとっても
命を預けられた方にとっても
そしてそれを見守る人々にとっても
さぞ緊迫した場面だったのだろうね。


でも、そういう緊迫した場面こそ
何と言うか・・・


後になって思い返してみれば
人生の中で、最も忘れがたい・・・

そういう瞬間だったのでは
なかったのかな・・・」


「そうだね
O・・・の言うとおりのだと思うよ」


「ああ〜、わたしもその場に
居合わせたかったなあ。
本当にタイムマシンがあれば良いのに!!」


彼女の瞳が好奇心に輝やくと
うっすらと化粧した顔に
あの、夏の避暑地の
顎の辺りで髪を切りそろえていた
やっと少女になりかけたばかりの面影が
蘇る。


「おや、O・・・が歴史好きだったとは
知らなかった。
いつも化学や物理や生物は満点か
それに近いのに、歴史だけは
『追試にならなければいいや』
って開き直っていなかったっけ!?」


「ふふ・・・そうだった。
たぶん、フローリアンのご先祖様の事
だから興味があるんだよ。

ふたりは後半生をどんな風に
生きたのだろうね・・・

ところで、今度、一緒に休みが取れたら
久しぶりにアンヴァリッドに行かないか?」



       伝説 その3 につづく

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