末裔たちの部屋 5

□ドミニク 後編
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 ドミニクは、さほど広くはない
リビングダイニングの朝の食卓から離れると
ソファに移った。
それから、コーヒーテーブルの下に
突っ込んであった白く大きな平たい箱を
引っ張り出すと蓋を開け
ドレスをテーブルの上にふわりと広げた。


「あら、それは!?」

「昨日の午後、届いたんだ」

「青いインクのような色・・・
蝉の羽根のように透けるオーガンジーに
同じ色の繻子の立ち襟がついているのね。
胸元にも同じ色のモール糸で刺繍が
施されている・・・
繻子のスカートの部分はずいぶんタイトね。
サッシュベルトを結ぶようになっているのね。
奇抜だけれど、素敵だわ・・・」


「斬新だろう!?
オーガンジーでナポレオン時代の士官の服を
表現したのだそうだよ。
新進のブティックのものだ。
斬新だけれど、繊細で若々しくて
彼女の知的で中性的な雰囲気や
蝶のような瑞々しさを引き立てると
思わないかい!?」


「そうね・・・

フローリアンも

『ドミニクは、いつもO・・・を
最高に引き立てるドレスを選ぶ』

と言っていたわ。
恐らく、彼女はあなたのミューズなのね。

そうよ、昔からO・・・は、あなたにとって
何か特別な存在だったわ。
あなたは、本当はO・・・と
結婚したかったのではなくて!!
でも、結婚できなかったから、仕方なく
わたしと結婚したのではなかったの!?」


アンヌ・マリはいきなり、顔を覆うと
わっと泣き出した。


「おい、止めろよ、馬鹿馬鹿しい・・・」


ドミニクは苦笑しながら、ティッシュを箱から
引き抜くと手渡してやった。


「女房の妹と結婚だなんて、そんな事想像すら
したことはないよ。
まったく何を馬鹿なことを言っているんだ。
それに初めてO・・・に出会ったときには
わたしたちはもう婚約していたじゃないか!?
そして今では君はわたしの愛する妻で
もう5人の子供の母親だって言うのに」


「そうね・・・自分でも、馬鹿げたことを
言っているとは解っているの。
でも、敵なドレスを見た途端、悲しくなって
しまったのよ。

わたしは、学校を終ると同時にあなたと結婚
して、すぐに身ごもって
それから後は、いつも大きなお腹を抱え
髪を振り乱しながら子育てに追われて・・・

気がついてみれば、こんなほっそりとした
綺麗なドレスなんか
知らないうちに着る時期を通り過ぎてしまって
いたんだと思えば・・・

何だか急に悲しく、腹立たしくなってしまった
のよ・・・

・・・ふふ・・・全く理不尽な嫉妬だわね。

初恋のあなたと結婚して、5人の子供に恵まれ
あなたは思いやりのある夫だし
わたしは今、幸福で後悔なんてしていやしない
筈なのに。

それに皮肉なことに、これを着るO・・・は

あの、ぶっきら棒で無愛想な子は

パーティーは嫌いならば
ドレスもハイヒールも大嫌いだと言うのにね


この間も、雑誌であの子の写真を見かけたわ。
なんだか醒めたような
ひどくつまらなそうな顔をしていた。

わたしは、あの子のことも心配しているのよ。
フローリアンとは巧くいっているのかしら」


「ああ、O・・・には、たまに申し訳ないと
思うこともあるよ。
だけどそれは、フローリアンの為でも
あるしな。彼女も理解はしているのさ。

それにな、我われの世界はおかしな所でね
どういうわけか慎み深い家庭的な妻を持つ
男よりも、派手で不機嫌で贅沢好きな妻を
連れている方が信用されるんだよ

どういうわけかね。

まあ・・・わからんでもないがな。
我われ商売人はね、たとえ内情は火の車でも
汗水たらして歯を食いしばって
派手で見栄っ張りで羽振りが良くて
気前が良いと世間には思わせて置かないと
いけないのさ。

考えても見ろよ。失う物がない相手とは
誰も取引したがらないだろう!?
だから、ハッタリも仕事のうちなんだよ。
そのために利用できるものなら
なんでも利用しなければならないのさ。
タダなら、なおさらな!!」


「いつものあなたの口癖ね」


「なあ、アンヌ・マリ
わたしが汗水垂らして働いているのも
いったい何の為だと思っているんだい!?
君や子供たちを守るためじゃないか!?
わたしは、誰よりも君や子供たちを
愛しているんだよ」


「わかっているわ」


「・・・それにね
わたしにとって女性というものは
娘であろうが妻であろうが母親であろうが
もっと年輩の女性であろうが
すべて魅力的で官能的で、そして女神のように
神聖な存在なのさ。

それをわたしは、君たちJ・・・家の女性たち
から教えられたんだよ。

いや、わたしだけじゃない
クロードも、フローリアンも
G・・・家の男はみんなそうなのさ。
G・・・家の男たちはJ・・・家の女たちの
虜になる・・・それが宿命なんだ。


G・・・家の男たちは
うつくしいJ・・・家の女たちに囲まれながら
女の持つかわいらしさや、無邪気さ、清純さや
意地の悪さや、成熟した美しさ、優美、洗練
逞しさ、母性、献身、残酷、寛容・・・


そういった数限りない女の要素を
見せられながら育ったんだ。
まるで刻々と変わっていく万華鏡の中に
閉じ込められ、幻惑され、酔い
いつしか夢うつつを漂うように・・・

そんな目も眩むような幸せな少年時代を
送ったんだよ。


わたしが、今、こういう仕事をしているのも
そのせいかも知れないと思っているのだがね」



       ドミニク 後編 おわり


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