末裔たちの部屋 5

□書店にて その1
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 振り返ったとき肘が触れた。


思いの他、近くに人が立っていた。


「ごめんなさい」


つぶやきながら東洋の女が
微かに顔を赤らめた。

薄っすら隈の浮いた目元に小じわが走る。

直感的に
女の視線はわたしが手に取った単行本を
追っていたと思った。


褪せかけた茶色のショートボブ
やや膝の出たチノパンにくたびれた紺のポロシャツ
グレーのライトダウンジャケット
(無理もない。ここは冷房が効きすぎている
外の気温は50度近いのに)
といった、いかにも旅行者といった身なり。

「いいえ、こちらこそ」

わたしは世界最大の広さと言われる
ショッピングモールの中の有名な日系の書店にいた。

そこで彼と待ち合わせがてら
なにか面白そうな読み物でもないかと
棚を眺めながら歩いていたのだった。



「あの・・・それ・・・
お求めになるの?」


「さあ・・・どうしようかしら
有名な作品だということは
知っていますが、手にとって見たのは
初めてです」


「まだ、お読みになっていないのならば
是非、お勧めしたいわ。
フランス革命を背景に
史実と虚構、実在の人物と架空の人物が
絡み合いながら、進んでいくの」


内気そうで、余り英語も得意ではなさそうだけれど
それでも一生懸命言葉を捜して伝えようと
している・・・感じは伝わって来る。


「主人公のひとりの男装の女士官が
とても魅力的で」


「ああ・・・
ルイ16世の治世に女性の士官がいたという
言い伝えはありますね。
市民と共にバスティーユを襲撃した司令官こそが
その人であったのだとか。
わたしも単なる言い伝えだという説が有力だと
思っていましたが・・・
では、その人物を主人公にした物語なのですか?」


「ええ、そうね
物語はその女主人公の成長の物語という側面も
あるわね。
でも、その彼女がすごく魅力的なの」


「まるでジャンヌ・ダルクのような!?」


「いいえ、彼女はもっと現代的で現実的で
合理的で複雑よ。
しかも貴族的で優雅でダンディで、しかも情熱的で
やさしくて、そして凄くセクシーで女らしいの。
そして、その彼女を取り巻く男性たちが
また魅力的なのよ・・・」


「面白そうですね」


「まだ、お読みになっていないのならば
是非、お勧めしたいわ。

お読みになれば
彼らが心のどこかに棲み付くようになる・・・

ああ・・・少なくとも
わたしが、そうだったのだけれど」




「O・・・!!」


見ず知らずの東洋の女と別れたわたしが
レジでお金を支払い、本を受け取り
出口に向おうと歩き始めたところで

見慣れたサックスのシャツにチノパン
スポーツサンダルの黒髪の男が
こちらに歩いてくるのが見えた。



        書店にて その2につづく


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