末裔たちの部屋 5

□書店にて その2
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 巨大なショッピングモールの中の
そのまた奥が霞んで見えるような巨大な書店の入り口から
淡いピンク色のTシャツに
ゆったりとした麻のパンツといった気軽な格好に
ショッピングバックを下げた彼女が
出て来るところだった。


「アンドレ!!」


マゼンダに塗った唇が可愛い。


「待たせた?」


「大丈夫。用事は済んだの?」


「ああ、思ったより簡単だったよ」


「そう、まあ、良かった」


「何を買ったの?」


「軽い読み物を少し」


「さて、これからどうする?」


「お昼を食べて
もう一度カルフールに行って
リエットとビスケットを買いだめしたい」


「また!?

それからホテルに手荷物を受け取りに寄って
空港に向ったら丁度良い時間になるね」



ふたり並んで歩きながら、気がつけば俺は
彼女の肩を抱いている。
彼女は俺の腰に自分の腕を絡めている・・・
というか、半ばぶら下がっている。
沙漠では、こんなことはしてこないのに。

俺の目の前の
きらきらした金色のうぶ毛に覆われた彼女の項は
なんだか花の茎を思わせる。

俺はシャツを通して伝わって来る
彼女の温もりを感じている。

余りにも人工的なものばかりに囲まれていると
かえって人肌が恋しくなるのかもしれない。


一見、巨大で無機的な中に
夜の沙漠や砂色の壁
幾何学模様
水の音やナツメヤシの葉陰の気配がある。

伝統の美意識と近代が見事に調和して
洗練されていて、しかも大らかな
たしかに魅力的な空間に
カフェやレストランやファストファッションや
スーパーやドラッグストア
老舗の宝飾店や時計店が競い合っている。

ありとあらゆる人種が
足元まで黒いベールで被った女が
タンクトップの女と擦れ違う。

沙漠の難民キャンプからやって来た我われにとっては
まるで100年も後の世界に
タイムスリップしてしまったようだ。
あと数時間後には
また100年前の世界に戻っているわけだが。

そして、明日の今頃にはその100年前の世界で
忙しく働いている筈だ。



「この時計ひとつで家が買えるね」


彼女は、ふと立ち止まり
老舗の時計屋のウィンドウを覗き込んだ。

「俺のタイメックスなら天文学的な数が
買えるな」

「もともとは、あのマリー・アントワネットが
上得意だったと言われている時計商でしょう?
彼女の注文して、死後に出来上がってきたという
時計がどこかの博物館にあるそうだね。

『お金に糸目をつけないから
最高級の時計を作れ』

って注文したそうだけれど」

「なんとも律儀な時計屋」

「たまに猛烈な時計マニアっているけれど
王妃もそうだったらしいね。
時計マニアの心理っていったい何だろう?」


「さあね・・・」



       書店にて その3につづく


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