いろいろの部屋

□白昼夢
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 静かに扉が開き、衣擦れの音とともに
すらりとした尼僧が入ってきた。

灰色の服の腰には
紫水晶の珠に銀の十字架をつないだ
ロザリオを下げている。

尼僧は波のように揺れる奇妙な歩調で
ゆっくりとこちらへ歩んで来た。
そして、その張りと光沢のある服を
優雅なしぐさでふわりとひろげ
堅い椅子に掛けると
驚きと懐かしさで
口も利けないでいるわたしにも
坐るように促した。


「わざわざ、会いに来て下さるなんて・・・
1年ぶりかな」


白い被り物からのぞく小さな顔は穏やかで
矢車菊の色の瞳は澄みきっている。
はにかむような笑みとともに
真珠を連ねたような歯並びが
ちらとこぼれた。


わたしは、その清らかさに圧倒されていた。




「オスカル様が大変な事になりました」


使いの者の顔は蒼白で、その声も震えていた。


わたしがその知らせを受けたのは
夜半すぎだった。



屋敷で毒を飲んで
意識不明の重体に陥ったのだと
幼馴染の従者が企てた無理心中に
巻き込まれたのだと聞かされた。


そして、従者は数時間後に絶命したが
あなたは3日3晩生死の境を彷徨った後に
奇跡的に助かったと
無意識のうちに毒を幾らかは
吐き出してしまっていたことが幸いしたと
そしてあなたは助かったものの
口が利けなくなり
片足に麻痺が残ったという知らせが
わたしの元に次々にもたらされたが
わたしはあなたが命を取り留めたことで
安堵したのだった。


しかし、意識が戻った後も
あなたは一度もわたしに会おうとはぜずに
程なくして修道院に入ってしまったのだった。


「お声が・・・出るように
なっていたのですか?」


「ああ、もうだいぶ前に」


「ここを探し当てるのに
どれほど苦労したか・・・

今日はあなたを連れ帰るつもりで参りました。
お気持ちはわかります。
でも、何もあのような不幸は事件の為に
あなたが一生をだいなしになさることは
ありません」


この簡素な尼僧の服以上に
この百合の花のような若い女の美しさを
引き立てる衣装はないのではと思うのに
その美しさは今は痛々しいばかりで
こうして相対していることが
つらくなってくる。


「神に誓いをたてた以上
わたしはあなたとは隔てられた世界にいる。
過去について話すことは
許されていない身なのだけれど


わたしは意識が戻って
起き上がれるようになってから
彼のいた場所に行ってみた。
彼の部屋、寝台、厩舎
使用人たちの使う通路・・・
だまって佇んでいると、彼の気持ちが
わたしの中に流れ込んで来るような気がした。
幼いうちに両親を失って
わたしの元にやって来た物言えぬ
彼の気持ちが」


「しかし、彼があなたにした行為は
許されることではありません」



「そうだな・・・」



そのときだけ、尼僧の顔が激痛に耐えるように
ゆがんだ。


「しかし、今のわたしにとっては
愛も憎しみも、嫉妬も生も死も
違う世界のことだ。
ただ、彼の魂がわたしに
今も寄り添っているのを感じる。
そしてわたしの魂もまた
彼に寄り添っているのを感じるのだ。
これがふたりの在りようだったのだと・・・。

これからの一生
わたしは祈り続けることにしました。
あなたも早く奥方を迎えて
幸福な家庭を築いて欲しい

それがわたしの唯ひとつの願いです」


「嫌です。あなた以外の女性など
考えられません」


わたしはあなたの手に触れようとしたが
わたしの手は尼僧の服の袖をむなしく掴んで
滑り落ちただけだった。


「では、外の世界から、どうかわたしを
励ましていてください。
そのことを励みに生きていくことにします。
多くを語りすぎました。これでお別れです」



尼僧は微笑んで立ち上がった。




 「・・・ジェローデル・・・」



「は」



「大丈夫か?」


 気がつくと
金モール飾りの紺の軍服姿の
オスカル・フランソワが
わたしの腕を支えて
心配そうに見上げていた。


わたしたちは久しぶりに宮殿の廊下で再会し
言葉を交わしていたのだった。


「急に突っ立ったまま
目を閉じてしまったものだから
そのままぶっ倒れるかと思った。大丈夫か?
顔色が良くないな、冷や汗をかいている」


彼女の後ろには黒髪の従者が
ほの暗い熱のこもった隻眼を無表情の下に
隠して、静かに控えている。


「あ・・・いえ、だいじょうぶです」


「無理もない
今日は、なんだか妙に暑いから。
おや失礼、以前と同じつもりで
ついくだけた口を利いてしまった。
お身体労わられよ、近衛連隊長どの」

彼女は
先ほどの尼僧そっくりの優しげな顔で
にっこりと微笑んだ。


「ご心配痛み入ります」


わたしは、彼らを見送った。
ゆれて流れる落ちる金色の髪が
華やかな色を添える、その伸びやかな背筋と
細腰の後姿が、士官学校仕込みの
規則正しい歩調で遠ざかっていく。


わたしは、今夜
彼女の父親である将軍を訪問することに
なっていた。



           2013.9.30

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