いろいろの部屋

□努力の人 前編
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 何やら親しげな話し声がする。

階段の上から下の広間を見下ろすと
ばあやとアンドレと母上の侍女のブリジットと
あとひとり、見知らぬ娘が立ち話をしていた。

アンドレは何だか嬉しそうで
頬が赤く染まっているように見える。

その見知らぬ娘は思わず目を引く愛らしさで
明るい栗色の巻き毛
丸顔に黒いつぶらな瞳
化粧気もない薔薇色の頬に
ハート型の唇
地味な灰色の街着の上からでもそれとわかる
小柄だがむっちりとした肉付きの
それでいて華奢で敏捷そうな身体つきを
している。


彼女たちと別れて階段を昇ってくるアンドレの
唇は、まだ笑みにほどけていて
わたしには気づいていないらしい。


「やあ、あの娘さんは?
見かけない顔だけれど?」


「わ、びっくりした!!そこにいたのか。
ああ、ルドヴィカって名で、ブリジットの
親戚だそうだ。今、着いたばかりだそうだ」

「そういえば
ブリジットはこんど田舎で所帯を持つから
年明けに隙を取らせてほしいと言ってきたと
母上が言っていらしたなあ〜
それで替わりの娘か。

それにしてもすごく可愛らしかったなあ
ワトーの絵から抜け出て来たみたいだなって
思わず見とれてたんだ」

「う〜ん、あんな可愛いい子
めったにいないよな」


「もろ、おまえの好みだな」


「そうだな〜って
おまえ、俺に何言わせるっ」

「別に、他意はないが」

「ふんっ、おまえってやつはっ!!」



おやおや、アンドレは怒って行ってしまった。
何で怒らせてしまったかはよくわからないが
ともかく、後で機嫌が直ったときにでも
理由を聞いておくことにしよう。


ひょっとして

わたしが、やきもちを焼いたとでも
思ったのだろうか?

不実なやつだと遠まわしに詰ったのだとでも?


世間ではそのような反応をするのが
一般的なのだと言う事は、一応、本を読んで
知っているのだぞ。



――──「あなたの従順な目が
あなたにひたむきに奉仕するのを
わたくしが気づいていないとでも
お思いでしたの!?

あなたの目が、若くて可愛いいわたくしの
小間使いに、ずっと注がれているのを
わたくしが気づいていないとでも!!」


・・・と言うのは
最近あくびをかみ殺しながら
なんとか読み終えた小説の中の台詞だが


その台詞を読んだときに、わたしとしては

『はて、侯爵夫人はいったい何が言いたのだ?
愛する騎士が好きなものを見たと言って
怒っているのか?
人間は見たいものを見る権利くらい
あるんじゃないのか・・・』

と思ったのだけれど


先ほどのような場面では
あのような台詞でも言っておくのが
正しかったのだろうか。

わたしだって当世風の恋愛小説とやらを読んで
日々研鑽を積んでいるのだ。



しかし・・・


誤解されても困るので
おおっぴらに口にした事はないのだが
実はわたしだって


「美しい女人を鑑賞するのは大好きなのだ」


年中、殺風景な兵営で、やたら嵩高くって
むさくるしい男たちに囲まれ野太い声を
聞かされていると
小さくて何やら柔らかそうで可愛いくって
きらきらしたものでも眺めたくなってくるのが
人情ってものだろう。

だから、アンドレの気持ちも解るのだが
解ってはいけないのだろうか?

特異な育ちのせいで
やはり、わたしは変わっているのだろうか?

アンドレとあのような仲になってしまったから
には、せめて人並み程度の恋人にはなりたいと
これでも日々精進しているつもりなのだがな・・・。




         努力の人 後編につづく

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